第252話 練習開始

 ベルケが合流してすぐに忠弥達の展示飛行チーム・チェッカーは皇国の戦闘機を曲芸用に改造した機体を使って練習を始めた。

 改造と言ってもスモーク装置と紙吹雪の散布装置を設け、機銃を取り外し、その他不要な部分を取り外しただけの機体だ。

 すぐさま離陸すると誰にも見られないよう海上に設定した練習空域に向かった。


「チェッカー全機、編隊を崩すな」


 忠弥は五機のV字編隊の頂点に位置して、他の機体に指示を飛ばした。

 一番機が忠弥、二番機が昴、三番機はサイクス、四番機がテスト、五番機がベルケだ。

 相変わらず無線機の開発が進んでいないために、発信機能を持つ機材を積み込めるのは体重が軽い忠弥の機体だけだった。

 他の機体は受信機のみで忠弥からの指示を受けるだけだ。

 やがて、目印であり輪が描かれているか確認するために雇った漁船が見えてきた。

 忠弥は時計を見て時間を確認する。

 開会宣言が終わった直後に上空を通過するプランなので、正確に時間ぴったりにコースを飛ばなければならない。


「十秒遅延か」


 初めてということもあり、遅れていた。

 だが、このまま始める以外無い。


「ダイブ!」


 忠弥の指示で操縦桿を押し倒し降下を始める。

 航空機の用語は英語に近い王国語で行われている。

 皇国が航空機に関して先に発展していたが、王国や共和国の人間が増えており、国際的な言語が王国語であり、世界手に使用されているため、皇国語の発音が外国人には難しい事もあり王国語になっている。

 航空機の発祥は皇国だ、空では皇国語を使うべきだと一部が叫んだが、当の忠弥自身が航空英語に慣れ親しんでいたため王国語を使っているので止めることが出来なかった。

 忠弥の機体は漁船の少し前を目標に降下して行く。

 やがて漁船が風防ガラスから機体の影に消えた。


「ヘッドアップ!」


 漁船が見えなくなると操縦桿を引き機首を上げる。

 同時にスロットルを全開にして急上昇する。


「遅れるな! 上昇だ」


 だが、他の機体は遅れている。唯一昴が付いてくるだけだ。


「スモーク!」


 上昇の途中でスモールを吹かせる。

 五機からはそれぞれ青、黄、黒、緑、赤のスモークが出てくる。

 空軍で煙幕展開用に開発した機材だが、色素を入れて色の付いたスモークを出す装置にしている。

 開発者が秘密兵器なのにと文句を言っていたが忠弥のごり押しで搭載させ開会式で使う事にした。

 他にも演技に必要な装置を積んでいる。


「編隊が崩れているぞ! 上昇するんだ!」


 だが本来綺麗な五本の空へ伸びるスモークは編隊が崩れているため、ガタガタだった。


「スモークカット!」


 上昇の勢いが無くなったところでスモークを切らせる。途中で上昇できなくなったら空へ伸びる綺麗なスモークにならないからだ。


「ブレイク!」


 全機がスモークを斬ったのを確認すると機体を散開させ、それぞれの位置へ向かわせる。


「バラバラだ」


 だが、それぞれの位置へ向かうスピードがまちまちになっていて、酷い状態だ。


「中止! 状況中止!」


 忠弥は中止命令を出した。

 位置がバラバラでこのまま初めても円の描き始めがバラバラで綺麗ではない。

 それに、同時に同じ位置から円を描き始めないと接触して最悪、墜落の危険がある。

 事故の危険がある飛行をする訳にはいかなかった。


「チェッカー全機、帰投せよ!」


 忠弥は帰還命令を出した。




「なんて飛行をしていやがるんだよ!」


 飛行場に着陸したテストはベルケに食ってかかった。


「勝手に前に出やがって」

「私は忠弥さんの後に続いただけだ。むしろお前が遅くて足手まといじゃないのか」

「何だと!」

「おい、よさないか」


 サイクスが間に入る。


「ベルケ、幾ら上手いといっても今回はチームワークが大切だ。乱すな」

「そっちも付いていけずに遅れているだろうが。かばい立てにかこつけて自分を正当化するな」

「何だと、人殺しのキャベツ野郎」

「ライムで頭が酸っぱくなっているんじゃないかライミー」

「やるか!」

「止めろ!」


 乱闘寸前の三人に忠弥は叱責の声を上げて止めた。


「少し頭を冷やせ。今日の飛行訓練は中止、何が悪かったのか各自考えてこい」

「このキャベツが悪いんですよ」

「はねるだけのカエルと酢のライミーには無理ですよ」

「やるかジャガイモ!」

「止めろ!」


 忠弥は再び声を荒げて三人を止め、それぞれの宿舎に向かうよう命じた。


「これで上手くいくの?」

「このメンバー以外に出来る人間はいないよ」


 不安がる昴に忠弥は答えた。

 飛行を指示して忠実にやってくれるパイロットは多い。

 だが、ほんの一瞬、一寸した変化に対応しなければ綺麗な円は描けない。

 臨機応変に対応できる技量があり、互いの操縦の癖を理解しているパイロットは彼らしかいなかった。


「やれやれ」


 忠弥は頭をかいて溜息を吐いた。

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