第242話 昴の嘆願 時代の変遷

「敵艦隊、我が艦隊の北方を東へ向けて離脱していきます」


 ヴァンガードの艦橋でブロッカス提督は参謀長から報告を受けて頷くと命じた。


「我が方も離脱する。全艦に通達せよ」


 大艦隊が夜間に攻撃を仕掛けても混乱せずに戦えることはできない。

 戦前から戦艦による夜戦の訓練はしていないからだ。

 闇夜から迫ってくる見つけにくい駆逐艦の魚雷攻撃で戦艦を失うことは避けなければならない。

 質量とも王国海軍が優勢とはいえ、無闇に喪失して良いほどの優位ではないのだ。

 また、撃沈数は少ないが各艦の損害の大きい大洋艦隊は母港へ逃げ込むことを優先するはず。

 再度主力同士が交戦する機会が無いのは明らかだった。

 味方の水雷戦隊に襲撃を命じているが、どれほど有効に行えるかは不明である。

 以上の点からブロッカス提督の判断は間違っていなかった。


「待ってください!」


 だが昴は異議を唱えた。


「上空に忠弥達が、皇国の戦闘機隊が飛んでいます」

「着艦できるだろう」

「無理です。夜間着艦の訓練は危険が大きくしていません。仮に出来たとしても、着艦には飛行船が位置を知らせる必要があります。敵が近くに居る状況では敵も誘い込んでしまうため飛行船が位置を示すことは不可能です。このままでは全機墜落です」


 いつになく昴は雄弁に必死に語った。


「我々にどうしろと?」

「忠弥達の収容を」

「飛行機を収容できる設備など本艦隊には無い」

「ですが不時着の支援は出来ます。探照灯で戦闘機を誘導してください」

「敵の前で此方の位置を示せと!」


 ブロッカスに代わって参謀長が驚きの声を上げる。


「はい」


 昴はじっと参謀長を見て要請した。

 だが参謀長は躊躇った。


「だが敵が砲火を、魚雷攻撃を仕掛けようとしている時に艦に位置を露呈させるような命令を下すのは」


 敵が近くに居る状況で照明を出すと攻撃を誘引する。

 味方の安全を考えれば仕方の無いことだ。

 駆逐艦でも百人以上の乗員が乗っている。

 上空にいる飛行機は一人乗りで機数も三〇機もいないだろう。

 僅かな人間のためにそれより多くの者を危険にさらすことは躊躇われた。

 そんな参謀長を見て昴は叫ぶ。


「恩人を見捨てるのが王国海軍なのですか!」


 昴の言葉に参謀長は言い返せなかった。


「ミス島津」


 だがブロッカス提督が口を開いた。


「我々の任務は祖国防衛であり、そのための戦力をいたずらに失うわけにはいかない。うかつな行動は出来ないのだ」

「な……」


 あまりの返答に昴は絶句したが、ブロッカス提督は言葉を続けた。


「だが我らは恩人を見捨てるようなことはしない。必ず助けよう。しかし、我々は航空機について知らない。だからミス島津、あなたに指揮を執って貰いたい。本艦の直衛駆逐艦で彼らを助けて貰いたい」

「感謝いたします」


 慣れない敬礼をした昴に、補佐の参謀を付けてブロッカス提督は送り出した。


「感謝いたします長官」


 昴を見送った後、相原は敬礼して感謝を述べた。


「気にすることはない。コマンダー相原。君たちには助けられたからね。だが、もう少し我々は航空機を知る必要がある。出来れば、今すぐ頼みたいが残念なことに一仕事を終えて疲れている。後日、時間を作ってくれないか?」

「喜んで!」

「ありがとう。では私は休ませて貰うよ」


 相原が返事をするとブロッカス提督は、艦橋から休憩室へ戻っていった。


「サービスが過ぎるのでは?」


 ブロッカスを追いかけてきた参謀長が話しかける。


「あれは私の本心だ。今回の戦いの主役は何だったと思う?」

「勿論、艦隊決戦ですから我らです」

「違う、航空機だ」

「何故でしょうか。彼らは一隻も撃沈していません」

「だが、我々の戦いは常に彼らに左右された。敵の位置を通報してくれたのは彼らだ」


 最初に外洋艦隊の位置を通報してくれたのは彼らであり、そこから情報を精査するべきだった。

 敵外洋艦隊を一方的に攻撃できる最良の状況を作り出せたのも航空機からもたらされた情報を元に動いたからだ。


「そして彼らが有性を確保できるか否かで、我らの状況も大きく変わった」


 忠弥達が航空優勢を確保すれば、有益な情報がもたらされた。

 しかし、帝国側が優勢な時は敵に主導権が渡り、味方に損害が出た。


「今回の戦いは空の戦いの優劣がそのまま我々海の戦いの戦況を大きく左右した。これからの時代、戦いで重要となるのは航空機となるだろう」

「まさか」

「私が海軍に入隊した時、最初に乗艦したのは帆で走る戦列艦だ。だが時代は技術革新の最中。世の中の変化を目の当たりにした私は海軍の近代化に参加し様々な技術導入に尽力した。蒸気艦が生まれ装甲艦が生まれ次々と変わっていき、いまや鋼鉄の戦艦だけで帆走船は艦隊に一隻もいない。海から空へ戦いが移り変わっても不思議はない」


 さみしげにブロッカスは言った。

 彼も海軍軍人であり海と船への愛着はある。

 本意では無いが事実は受け止めなければならない。


「空の戦いについて知らなければならないだろう我々と祖国のために。我が国にもパイロットが、ああサイクスだったか。彼に活躍して貰わないとな。まあ、まずは激戦を終えたのだ少し休もう。時間はタップリとある。恩人達への手配も全て終わった。少し休むとしよう」


 話し終わった時、丁度長官休憩室に着いた。

 ブロッカスは扉を開けると中に入り扉を閉た。

 すぐに中から寝息が響いてきた。

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