第241話 空中アポルタージュ

「左舷下方に敵飛行船!」

「何!」


 飛天でも見張りからの報告に草鹿が凍り付く。


「総員衝撃に備え!」


 直後、激しい振動が飛天を襲い、警報音が鳴る。


「離脱しろ! 離れるんだ!」

「無理です! がっちりと食い込んでいます!」

「くっ」


 ブリッジからも敵の飛行船の船体に食い込んでいる様子がハッキリと見えた。

 そしてその周囲の人影も。


「船首部より報告! 敵兵が船内に侵入しています!」


 破口からカルタゴニアの乗員が入り込んできた。


「艦長! どうします!」


 動揺した乗員が草鹿に尋ねた。


「是非も無し」


 古において旧大陸を席巻した武士のような冷静な態度で草鹿は命じた。


「白兵戦用意っ! 接舷斬り込みっ! かかれっ!」

「敵に乗り込むんですか!」

「そうだ! 守ろうと思うな攻めかかれ! 守ろうと思っていたら呑み込まれるぞ! こちらから攻め取る気持ちでやれ!」


 そう言うと草鹿は刀を持ってブリッジを飛び出し、自ら斬り込みの最前線へ向かった。




 不幸な偶然と混乱によって飛天とカルタゴニアは空中で衝突した。

 敵味方同士の飛行船の接触事故は初めてであり、そこから始まった空中でのアポルタージュ――接舷斬り込みも史上初めてだった。


「敵を制圧しろ!」


 銃剣を装着した小銃を持って帝国軍の兵士が食い込んだ飛天に出来た破口から入って行く。

 因みに弾は装填されていない。

 互いに巨大な水素の気嚢を持つ飛行船に乗っているため、万が一の引火を恐れて、発砲したくないからだ。

 最初こそ立ち直りの早かった帝国兵が飛天に乗り込んできたこともあって、彼らが優位だった。

 しかし、飛天側も立ち直り、通路にバリケードを作り飛行船補修用の巨大なレンチやハンマーを持って反撃してくると膠着状態になった。

 思うように進まなくなったことに帝国兵達は焦る。

 そこへ草鹿は奇襲を掛けた。


「とおおおおおおっっっっっ」


 飛天がカルタゴニアの上に乗り上げたことを良いことに、カルタゴニアの船体へ飛び降りたのだ。

 突如、カルタゴニアに立たれ、背後を抑えられたカルタゴニア側は動揺した。

 しかも相手が悪かった。

 草鹿は剣術一派の宗主である。しかも打ち込みが激しいことで有名な流派であり、打撃が強烈すぎて分厚い特製防具を使わなければ怪我をするほどだ。

 型や形を重視せず兎に角実戦で勝つことを目的とした流派で、七日間で一四〇〇試合を行なわせるなどの荒行を、実戦を想定した流派だ。

 だから草鹿にも人の体を両断できるぐらいの腕があった。


「はあっ」


 草鹿は足から伝わる感覚で桁の位置を把握すると踏み込んで近づき、敵兵に横一線に斬撃を浴びせ、体を断ち切った。

 そして、新たな相手に向かって斬り込む。

 帝国兵も反撃しようとしたが周りが水素を詰め込んだ気嚢に囲まれ発砲出来ない状況のため、銃剣を突き出すしかない。

 だが、草鹿は簡単に刀で払いのけ、逆に突きを繰り出して無力化する。

 草鹿の部下達も草鹿の指導で剣術あるいは銃剣術を指導されており帝国兵より強かった。

 突きだけで無く、小銃を柄にして振り回したり、銃床で打撃を与えるなど多彩な攻撃で帝国兵を圧倒していく。

 発砲できないため接近戦に強い草鹿側が帝国軍を一方的に攻撃する。


「敵の背後をとれ!」


 草鹿は後続の兵に命じて飛天に突入した敵兵の背後を襲うように命じた。

 前後から挟まれたカルタゴニア兵は、銃剣術に強い皇国兵次々と制圧されていく。


「よおし、このまま乗っ取るぞ!」

「敵艦を奪うんですか!」

「そうだ!それぐらいの気迫で行くぞ!」


 草鹿はカルタゴニアに入ろうとしたが、そこで再び大きな揺れが起きた。

 気流が乱れ二隻は大きく揺れた。


「艦長! 飛天が離れました!」


 この揺れで食い込んでいた飛天とカルタゴニアの骨組みが外れ、離れ始めていった。


「撤退だ! 飛天に戻れ!」


 敵中に孤立しては降伏するしか無い。

 草鹿は撤退を命じた。

 飛天からロープが下ろされ乗り移った斬り込み隊員達はロープに掴まって離脱した。


「艦長、ご無事でしたか」


 引き上げられた草鹿は乗員達に迎えられる。


「私としたことが熱くなりすぎてしまった」


 接触したのは仕方なかったし迎撃する必要はあったが、艦長自ら行う必要は無かっただろう。

 艦長には他にもやることがあるのだ。


「損害は?」

「衝突した衝撃で船体各所に歪みが出ています。格納庫のハッチがゆがみ開閉不能。発着艦装置も故障しています」

「なんということだ」


 搭載能力が制限される飛行船――百トンと他の航空機より圧倒的な搭載能力を持っているが、最大の特徴である航空機搭載能力――搭載航空機とその関連設備を乗せるにはあまりにも小さい。

 そのため各設備などは可能な限り小さく軽くしているが、軽量化したため強度が低下して強度と耐久性が低下しており、故障しやすい。

 一寸した嵐なら耐えられるが、敵艦と衝突するなど激しい力を受けたら、耐えられない。


「これでは司令は勿論、発進した航空機が戻れないぞ」


 夜間着艦は難しいが不可能ではない万に一つの可能性にかけて発進させた。

 だが装置が故障して収容不能になって仕舞ったら着艦できない。


「修理急げ!」

「やっていますが、数時間はかかります」

「空中給油は出来るか」

「装置は無事ですが、味方に位置を教える方法は発光信号による誘導のみです。敵に見つけられ攻撃を受ける可能性が」


 部下の報告に草鹿は珍しく苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

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