第239話 王国海軍の苦境 忠弥の決意
「ウォースパイトが照明弾に照らされました!」
見張員が悲鳴のような報告を大艦隊司令部にもたらした。
先頭を切って外洋艦隊へ向かっていたウォースパイトが敵に見つかってしまった。
敵外洋艦隊に一番近く、最も攻撃していた高速戦艦のため狙われた。
すぐさま帝国外洋艦隊の戦艦から猛烈な砲撃がウォースパイトに向けて行われた。
帝国工業技術の結晶である光学装置を組み込んだ高性能射撃装置はすぐにウォースパイトを捉え、最初の発砲で命中弾をたたき出した。
だが巡洋戦艦と違い戦艦として、しかも最強の一五インチ砲を搭載した最強のウォースパイトは戦艦に準じた防御力――自艦の主砲に耐える装甲を持っており一一インチ砲が主力の外洋艦隊の砲撃に耐えきった。
だが、戦艦は船体全てが装甲に覆われている訳ではない。
全てを装甲で固めるとさすがに重く自重で沈んでしまうからだ。
重要な部分以外は軽装甲になっており、その一角、艦尾にある操舵装置室に命中弾が発生。
舵装置が故障し取り舵で固定されたままウォースパイトは左旋回を始めてしまった。
「ウォースパイトに攻撃が集中しています」
「盾になろうとしているのか」
突如外洋艦隊に向かって旋回を始めたウォースパイトの行動を参謀長は勿論、大艦隊の乗員はそう解釈した。
実際、舵の故障が直るまで左旋回を続け三回円を描いたウォースパイトに砲弾が集中。
外洋艦隊の砲撃を吸引し大艦隊の多くは被弾を免れた。
幸運にもウォースパイトの非装甲区画への被害は舵以外なく、被弾しても分厚い装甲によりはじき返していた。
しかし、ウォースパイトの舵が故障しているとインゲノール大将が看破し新たな照明弾が投下されると、見つけた新目標へ外洋艦隊は砲撃を開始した。
無数の砲弾が闇夜を切り裂き、ヴァンガードの周囲に降り注ぐ。
幸い命中弾は無かったが多数の水柱が林立し、発生した波がヴァンガードの船体をゆらした。
「きゃあっ」
突然甲板から突き上げられた昴は悲鳴を上げてよろめく。
相原が咄嗟に腕を掴んで転倒を防いだ。
「艦隊、反転せよ」
艦橋に海水が降り注ぐ中、ブロッカス提督は静かに、はっきりと命じた。
「長官、しかし、外洋艦隊を撃滅する好機では?」
「夜戦で混乱し大艦隊主力に多大な損害が発生する恐れがある。そして我々は射撃できる状況ではなくなった」
飛行船の照明弾投下によって砲撃できる状況だった。しかも敵からは見えにくいという圧倒的に優位な立場だった。
だが、今では逆転している。
戦力比は王国側に傾いているが、不利な状況下では逆転される恐れがあった。
「味方戦力が健在なうちに、被害が拡大しないうちに撤退する。艦隊を離脱させるんだ。艦隊、針路南、離脱する」
「……了解しました」
ブロッカス提督の冷静な指示に従い参謀長は各艦に命令を伝えた。
落ち着き払った声のお陰で不安が煽られるようなことはなく、大艦隊は混乱せず粛々と撤退を開始した。
だが、敵艦隊は簡単に逃がしてくれそうもないことは、誰もがブロッカス提督自身も気がついていた。
「敵水雷戦隊接近中! 雷跡多数、味方戦艦に向かう!」
見張り員が報告した直後、味方の戦艦マールバラに水柱が上がった。
それも一本では無く、二本、三本と上がっていく。
多数の破口から生じた浸水によりマールバラは瞬く間に船体が傾き、転覆。
照明弾の光の中に真っ赤な艦底を曝した。
他の主力艦にも次々と魚雷が命中、被害は拡大していった。
「味方水雷戦隊は何をしている! 迎撃しろ!」
参謀長がいらだたしく命じるが、照明弾の位置が悪かった。
照明弾は大艦隊の背後に投下されており、シルエットとなって浮かび上がっている。
一方、帝国外洋艦隊は反対側の暗闇から砲火もなく、密かに魚雷を発射できるため、王国水雷戦隊に見つかること無く攻撃を仕掛ける事が出来た。
そのため一方的な攻撃を王国海軍は受け続けることになる。
「ハイデルベルク帝国軍飛行船、照明弾を投下! 大艦隊が映し出され、外洋艦隊の攻撃を受けています!」
「なんてことだ」
見張り員の報告に草鹿は驚愕した。
敵の戦闘機を追い払えればそれで良いと考えていたが、敵も同じ手段――照明弾投下による砲撃支援を行うとは考えが及ばなかった。
此方が出来る事は敵も出来る。
理解していても中々、対応できない。
敵の外洋艦隊の砲撃は激しくなってきた。
助かるために大艦隊を少しでも減らそうとしている。
ロケット弾装備で攻撃する必要があるが、攻撃後収容できる保障はない。
新たに送り出すのも気が引ける。
草鹿は、決断を迫られた。
それも猶予はない。
目の前で味方の艦隊が一方的に撃たれている状況が広がっているからだ。
「ヴァンガード周辺に至近弾多数!」
見張り員が報告すると、忠弥が騒ぎ出した。
「出撃させろ!」
暴れすぎて猿ぐつわが外れ、口が自由になった忠弥は叫んだ。
「しかし」
「出撃させろ!」
忠弥の剣幕にさすがの草鹿もたじろいだ。
「敵の砲撃激しくなる! 敵水雷戦隊が大艦隊へ向かって突撃を開始しました!」
草鹿が迷っている間にも戦況は刻一刻と悪化していった。
だがここで忠弥を出撃させて戦死されてしまったら、今後の航空界の発展が十年は遅れてしまう。
それは皇国は勿論、世界にとっても大損害だ。
しかし、帝国は更に照明弾を投下、照らされた大艦隊の戦艦に向かって外洋艦隊水雷戦隊が魚雷攻撃を仕掛ける。
海面に白い筋が、魚雷が放つ気泡が伸びて行き、大艦隊に所属する戦艦マールバラに命中し舷側に水柱が高々と上がった。
マールバラは浮いているが、水雷戦隊の攻撃は激しく、止みそうも無くまたいつ魚雷攻撃を受けるか分からない。
形勢は圧倒的に帝国軍に傾いていた。
そしてこの状況を打開できる人間はただ一人しかいなかった。
「……解け」
草鹿は部下に命じて忠弥をほどいた。
「直ちに出撃する」
忠弥はそれ以外草鹿に何も言わず、格納庫へ向かっていった。
そして、自分の機体に乗り込み、ロケット弾を装備させると発進していった。
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