第238話 帝国の照明弾投下

「一隻撃破。あれは墜落だな」


 エーペンシュタインが撃墜したのを見てベルケは安堵した。

 劣勢に立たされた外洋艦隊はこれで救われるだろう。


「司令」


 シュトラッサー中佐が進言してきた。


「飛行船の一部に大艦隊への照明弾投下を命じたいのですが」

「意趣返しか?」

「はい」


 連合軍がやった照明弾による砲撃支援を自分たちも行おうというのだ。

 劣勢に立たされている今、大艦隊へ少しでも損害を与えるのは悪い話ではない。

 幸い、夜間で敵の戦闘機は発艦できない状況だ。


「許可する。だが、注意しろ。敵は、忠弥さんは劣勢に立たされている。打開するために何かやってくるはずだ」

「了解」


 シュトラッサー中佐はすぐに通信機で配下の飛行船に命じる。

 ベルケは前方を注視する。

 新たな飛行船を左側に発見したからだ。


「左へ回頭。敵の飛行船へ船首を向けろ。第二組、発艦用意」


 回頭している間に発艦準備が整う。

 船首の延長線上に敵飛行船を捕らえるとベルケは発艦を命じた。

 戦闘機達は敵を求めて闇夜の中へ消えていく。

 やがてロケット弾が放たれる炎が上がったが、命中した時の爆炎は起きなかった。


「二隻目は失敗か」


 ロケット弾が逸れて行く姿をカルタゴニアのブリッジから確認したベルケは呟いた。

 既に二組を出し合計四機の戦闘機が出ている。

 残りは一二機、襲撃六回分だ。

 夜間飛行の困難さを考えると、おいそれと出せない。

 だが、敵に打撃を与えるチャンスでもある。


「第三組発進せよ」


 航空機を残していても使う機会があるか、攻撃の機会があるか分からない。

 ならばここでカードを切っておいた方が良い。

 ベルケの命令後すぐに発進した二機がブリッジの真横を通り過ぎて、皇国軍の飛行船へ向かっていく。

 そして攻撃位置に付いたとき炎が上がった。


「何が起きた!」


 ロケット弾発射とは明らかに違う炎を見てベルケは叫び立ち上がった。

 被弾し、燃料タンクから漏れたガソリンに引火した炎だった。

 更に一機が火だるまになる。


「味方が撃墜されたのか……この状況で夜間発艦させたのか」


 疾鷹の航続距離内に陸上基地が無い事から、出撃はあり得ないと判断したベルケは予想外の事態に驚いていた。


「忠弥さんか」


 夜間でも発艦、戦闘、飛行船との合流、着艦できる人間など忠弥しかいないとベルケは予想した。

 実際には、他のパイロットが飛び出ていたが、全能者ではないベルケは、判断を誤った。

 そして、カルタゴニアの右側で激しい光が巻き起こる。

 味方の飛行船が外洋艦隊に大艦隊の位置を知らせるために投下したのだ。


「不味い止めさせろ」


 敵の戦闘機が飛び交っている時に照明弾を投下したら、自分たちの船体も映し出され攻撃されてしまう。

 だが、連絡は届いていない。

 照らされた大艦隊に向かって外洋艦隊が先ほどの復讐とばかりに砲撃していた。

 命中率は良く、大艦隊の戦艦は次々と命中弾を浴びる。

 その光景に興奮したのか、飛行船は次々と照明弾を投下している。


「止めるまで繰り返し中止命令を出せ」

「司令、どちらへ?」

「私も出る。忠弥さんを相手に出来るのは私だけだ」


 ベルケはブリッジを出て格納庫へ向かった。




「何故だ! 何故我らの後方に照明弾を投下するのだ!」


 ヴァンガードの露天艦橋で参謀長は狼狽えた声を上げた。

 照明弾は味方から見て敵艦の後方へ投下する。

 そうすれば光源である照明弾に対し敵艦が陰になってシルエットとなり狙いやすくなる。

 しかも味方艦は、敵艦からは暗闇の中にいるため見にくい。

 以上の理由から照明弾を使う時は敵の後方がセオリーだ。

 なのにこれまで敵艦隊に照明弾を投下していた飛行船が、大艦隊の背後に照明弾を投下している。

 これでは大艦隊が敵外洋艦隊の的になって仕舞う。


「参謀長、あれは敵の飛行船です」


 傍らに控えていた相原が伝えた。


「帝国の飛行船だと」

「はい、艦隊に接近し外洋艦隊に攻撃させるために投下しているのでしょう」

「君たちの飛行船はどうしたのだ」

「先ほど、照明弾を投下していた飛行船が落ちました。やはり先ほどの敵機の攻撃により撃墜されたのでしょう。敵戦闘機が飛行している中、足の遅い飛行船が作戦行動を行うのは危険です」

「敵は悠々と飛行しているぞ。戦闘機を出せないのか」

「先ほどもお伝えしたとおり、夜間の作戦行動は危険です。母艦に戻れず、墜落する可能性が高く出撃させられません」

「だが敵は、戦闘機を飛ばせる帝国は、やりたいように出来るという訳か」

「……そういうことになります」


 あっという間に彼我の立場が逆転したことを知らされ参謀長をはじめ、露天艦橋の要員全員が衝撃を受けた。

 信じがたいことであったが、これが現実である事はすぐに示された。


 

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