第237話 草鹿の独断

「雄飛被弾! 大炎上中! 高度落ちます!」


 飛天のブリッジに見張り員の悲鳴がとどろいた。

 炎上する飛行船を見て艦橋にいた全員が凍り付く。


「面舵一杯! 緊急離脱!」


 すぐさま混乱から立ち直った草鹿中佐が命じ、飛天は雄飛から距離を置く。


「夜なのに発艦させたのか。大陸の飛行場へ届く距離だとしても無謀だ」


 ベルケの作戦を正確に見抜いた忠弥は呟いた。

 夜間飛行の危険を考えれば、発艦はないと忠弥は判断していた。

 だがベルケは、危険を承知で実行した。

 読みを誤った。


「他の飛行船も、退避させます」

「すぐにやってくれ」


 照明弾を落とすために、更に二隻の飛行船が飛行していた。

 彼らも襲われる可能性があり、直ちに退避しなければ雄飛のように撃墜されてしまう。


「司令、艦載機を飛ばしますか?」


 草鹿は確認の為に話しかけた。

 夜間飛行の危険性と現状については草鹿も知っている。

 だが、状況を考えると戦闘機を出すべき事態であるように思え、進言する。

 忠弥も分かっていたが、夜間飛行の危険を理解しており、部下が、パイロットが、死ぬのを目にしたくなかった。

 勿論戦争で損害、戦死者が出る事は理解している。

 だが、生還できる方策を立てた上で、命じるべきだと考えていた。

 ベルケ達は大陸が近いので発艦しても陸上飛行場へ帰還できるのだろう。

 しかし、忠弥達の場合は王国本土から離れているため、航続距離の短い疾鷹では途中で墜落してしまう。

 かといって飛行船への着艦は難しいし、飛行船がベルケから攻撃を受ける危険に晒される。

 命じることは出来なかった。


「司令」


 その時、パイロットの一人、赤松中尉がブリッジを訪れた。


「俺たちを出撃させてくだせえ」


 パイロットというのはアクの強い人間が多いが赤松は個性的だ。

 べらんめえ口調に、規律違反はしょっちゅう、陸上で非番の時は娼館に入り浸る。

 だが、後輩や部下の面倒見が良く、何より腕が立ち、度胸があり戦闘機パイロットとして乗せている。


「味方が、攻撃されているんだ。ここで出ようや」


 年下だからか階級差を気にせず赤松は気安く忠弥に声を掛けてきた。


「だが、夜間飛行は危険だ」

「俺たちの腕が信用できねえのかよ」


 赤松はずいと忠弥の顔に近づいて話しかけてくる。


「危険は承知。飛行船へ着艦できないのも理解している。だが味方の危機を見過ごすことは出来ない」


 口調は悪いが言っていることは正しい。

 前線で指揮を任せられる貴重な人材で、風紀の乱れさえなければ、即刻昇進させている。

 セクハラのオンパレードで、今の階級に留めているが、頼りになるパイロットだ。


「それに帝国の連中に負けてらんねえ」


 そして負けず嫌いだ。

 帝国の連中が自由に飛んでいるのに、自分たちは夜を恐れて留まっているのが気に入らないようだ。


「だが」


 それでも忠弥は躊躇した。

 彼らを無意味に失うのを恐れたからだ。

 しかし、その時、後方でロケット弾が火を噴くのが見えた。

 味方の飛行船がベルケに捕捉されて攻撃を受けていた。

 幸い、全弾外れて被害はなかったが、撃破できなかった事から再攻撃が行われるだろう。

 飛行船には五〇名以上の人員が乗っている。

 彼らを見殺しには出来ない。


「戦闘機隊発艦! 味方を援護しろ」

「了解!」


 赤松は命令を受けるとすぐに出て行った。


「僕も出る」

「いけません」


 出ようとした忠弥を草鹿は止めた。


「僕以上に空を飛べる人間はいるかい」

「いません。そして、あなた以上に航空機に詳しい人間はいません。あなたを失えば皇国空軍はこれ以上発展できず瓦解します。出撃して死なれては困ります」

「だが、皆だけを行かせるわけにはいかない」


 命じておいて、自分だけ安全なところに留まることを忠弥は良しとしなかった。

 だが、草鹿も忠弥以上の人材がいないことを承知しており、危険な夜間飛行を、それも敵前で認める訳にはいかなかった。

 もし戦死されたら今後十年は航空機の開発は停滞する。

 それは世界にリードする分野を皇国が失うことになりまたしても後進国になってしまう。

 とても認めるわけにはいかなかった。


「では腕尽くでも止めます。抑えろ」

「な、何をする」


 草鹿の子飼いの部下に掴まれた忠弥は拘束され猿ぐつわまで噛まされた。


「暫く、大人しくして貰います。絶対に行かせるな」


 草鹿はブリッジの要員に言いつけると赤松に向きなおり命じた。


「戦闘機隊、直ちに出撃せよ。敵機を迎撃するんだ!」

「了解!」


 赤松は敬礼して格納庫に飛び出していった。

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