第236話 夜間出撃

「外洋艦隊が攻撃されています!」


 南方の海上を航行するカルタゴニアのブリッジから戦況を見ていたシュトラッサー中佐は悲鳴に似た声を上げた。

 大艦隊主力が出てきた今、外洋艦隊に勝ち目は殆ど無いことは、海軍士官であるシュトラッサー中佐はよく理解していた。

 幸い夜になり闇に紛れて離脱する事は可能だ。

 しかし、忠弥が照明弾を外洋艦隊に投下したことで全てご破算となった。


「このままでは、外洋艦隊は全滅してしまいます。何とかしないと」


 外洋艦隊の破滅が見えているが、打開する方法が思いつかないシュトラッサー中佐はベルケに懇願する。

 ベルケも外洋艦隊の危機に助ける方法を考える。

 そして、思いつき、重々しい口調で命じる。


「……今から名前を呼ぶパイロットを格納庫へ集合させろ」


 三分後、指名されたパイロットが格納庫に集合した。


「手短に言う、外洋艦隊が敵の飛行船の照明弾を受けて照らされ攻撃されている」

「では、援護のために出撃を……」


 咄嗟に口に出したエーペンシュタインは、すぐにその意味に気が付いた。

 すでに夜となり、暗くなっている。

 発艦は出来るが、着艦は難しい。

 そもそも飛行船と合流できるかどうか、夜間飛行も困難がつきまとう。


「そのまさかだ。君たちには夜間出撃をして貰いたい」


 パイロット達は生唾を飲んだ。

 夜に海上へ飛び出しても着艦できないのでは海に不時着、いや墜落しか無い。


「幸い、大陸に近い。攻撃終了後は、いや攻撃できなかった場合もロケット弾を投棄。南に向かい、陸上飛行場へ向かえ。君たちは数少ない優秀なパイロットだ。君ら以上に空戦に優れたパイロットはいない。帝国の空を守れるかは、文字通り君らの双肩に掛かっている。いたずらに命を失うな」


 海上に不時着するより陸上への夜間着陸の方が助かる見込みは高い。成功の希望が見えてきてパイロット達の表情は明るくなった。


「出撃はカルタゴニアを敵飛行船に指向して放つ。発艦した後は真っ直ぐ前に向かい、攻撃してくれ。攻撃終了後あるいは接触できなければ、今言ったように南へ、大陸の陸上飛行場へ向かえ。だがこれだけでも危険だ。技量が十分と見込んだ君たちを指名したが、自信のない者は拒否して構わない」


 沈黙が走ったが、打ち破ったのはエーペンシュタインだった。


「志願する者は一歩前へ!」


 叫ぶと自ら前に出る。

 残りのパイロット達も全員一歩前へ出た。

 全員、帝国一いや連合軍以上の技量を持っているという自負があった。

 そして信頼する隊長にその腕も見込まれて指名された喜びと誇りから、志願した。


「全員志願しました!」

「……君たちの献身に敬意と感謝を」


 ベルケは目に涙を浮かべながら敬礼し命じた。


「総員発艦用意!」


 直ちにパイロット達は自分の機体に乗り込む。

 エンジンを稼働させ、出撃できるようにした。

 ベルケはブリッジに戻ると、目標を探した。


「あそこか」


 右舷側に自らが落とす照明弾に船体下部を照らされた飛行船が見えた。


「面舵、船首を敵飛行船の鼻先に向けろ。一番機及び二番機用意!」


 相手の移動速度も考えて押し先を狙う。

 攻撃を成功させる為に二機一組で発艦させる。

 操舵手は、素早く針路を定め狙いを付けた。

 目の前に敵飛行船が見えたベルケは命じた。


「発艦!」




 エンジンを回しアームによって外に出されていたエーペンシュタインは、フックが外されると、降下し、風上に舵を当てつつ、前に向かう。

 いつもは風上に向かうので発艦は楽だが、今回は敵の飛行船へ向かうため、風が横から吹いてくる。

 それでも舵を操作して水平飛行にする。

 遅れて出てきた二番機も、操縦を安定させて付いてきている。

 ほっとするとエーペンシュタインは前方を見た。


「見えた」


 赤い照明弾を投下した皇国空軍の飛行船が見えた。

 直後、真下から砲声が響いた。

 王国の大艦隊が味方である外洋艦隊に砲撃を行っている。

 飛び出した砲弾が、味方艦艇の近隣に落ち、空高く上がり照明弾の光で輝く水柱を見ると、エーペンシュタインの心に焦燥感が生まれる。


「絶対に落とす」


 戦艦には一隻あたり千名近い乗員が乗っている。

 艦隊全部では万を超える。

 いや艦隊だけではない。外洋艦隊が壊滅すれば、帝国の沿岸防衛はガタガタになり、敵艦隊の接近、最悪の場合、本土上陸もあり得る。

 西部戦線で疲弊している帝国に新たな戦線を支える能力は無い。

 航空隊への物資および人員の分配を考える立場にあるベルケ隊長の補佐をしているだけに帝国の窮状はエーペンシュタインもよく分かっている。

 外洋艦隊をひいては帝国を助けるために自分一人が命を賭けるには十分値する。

 そしてエーペンシュタインには、結果を出せるだけの技量があった。

 闇夜に目をこらす。

 先ほどの飛行船の姿は見えない。大艦隊の発砲炎を見て暗順応が一時的になくなっていた。

 だが闇夜の中で何かが光った。


「見えたぞ」


 次の瞬間、赤い光が下方から放たれ、目の前に巨大な飛行船の船体が浮き上がった。

 エーペンシュタインは、船体に照準を合わせ、安全装置を外すと、引き金を引いた。


「貰ったああっ」


 下翼に積まれたロケット弾四発が放たれ、光の帯を残して飛行船に向かっていく。

 二番機もほぼ同時に発射し、飛行船へ向かって行った。

 ロケット弾は、途中で風に流された二本を除く六本が命中。

 飛行船を紅蓮の炎で包み込んだ。

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