第235話 夜戦

「撃ったのは誰だ」


 命令が下る前に発砲した部隊は誰か、とブロッカスは問いただした。


「ボロデイル提督率いる巡洋戦艦部隊です!」


 ボロデイルは大きな損害を受けていた旗艦インヴィンジブルから防御力も攻撃力も高いウォースパイトへ移乗し指揮を執っていた。

 緒戦で指揮下の巡洋戦艦二隻を撃沈された恨みを晴らすように積極果敢に攻撃を加えた。

 その闘志は、この海戦で最強の砲一五インチ砲を持つウォースパイトの射撃によって報われた。

 照明弾によって照らし出された戦艦ブランデンブルクはウォースパイトをはじめとする四隻の高速戦艦の射撃を受けた。

 王国に比べ防御力の高い帝国艦艇だがブランデンブルクは一一インチ連装砲二基を搭載した旧式戦艦のため一五インチ砲四発の砲撃には耐えられなかった。

 易々と装甲を貫かれたブランデンブルクは弾薬庫に直撃を受けた。

 巨大な一五インチ砲弾は弾薬庫の中心で炸裂し、無数にある装薬を入れた金属ケースを高速で散った弾片が同時に貫き中にある装薬を爆発させた。

 ブランデンブルクは弾薬庫誘爆により船体が切断され一瞬にして沈没。

 翌朝王国海軍に救助された捕虜五名を除き乗員五六八名は戦死。

 ブランデンブルクは帝国外洋艦隊所属戦艦最初の沈没艦となってしまった。

 その巨大な爆発の炎は高々と上がり、周囲を照らす。

 それまでの劣勢、撃沈数の負けが込んでいる王国海軍大艦隊の戦意を高めた。


「長官」


 参謀長は改めてブロッカス提督に尋ねた。

 新た照明弾が投下され、外洋艦隊の艦影がまた新たに浮かぶ。継いで紅い照明弾が投下され、敵の船体を赤く染めていく。

 ボロデイル提督は即座に反応し赤い光に染められた戦艦ブラウンシュバイクを血祭りに上げた。

 ブラウンシュバイクは旧式ではなく、一一インチ連装砲六基を搭載した開戦直前に就役した新しい戦艦であり、旧式のブランデンブルクより防御力は優れていた。

 だが、一一インチ砲弾を想定した防御で一五インチ砲弾への対応は無理だった。

 弾薬庫での爆発こそ無かったが、機関部に命中、ボイラーを破壊し高温の蒸気が機関室内に充満し機関科員を蒸し殺した。速力が低下したところへ、次々と砲弾が命中し、浸水が発生。

 急速に左舷に傾斜して転覆。

 翌朝ブラウンシュバイクは静かに沈んだ。


「長官」


 参謀長が再びブロッカス提督に言葉をかけた。

 味方の戦力が優勢で状況も優位ならば、外洋艦隊を撃滅する好機である。

 それを見逃してはならないと参謀長は強く、言外に主張する。

 上官への進言、いや、海軍軍人としての本能だった。

 そしてブロッカス提督も冷静な軍人である以前に、海軍軍人だった。

 サイレントジャックは、沈黙を打ち破って命じた。


「全艦、針路北東、戦闘再開。見える敵を砲撃せよ」

「アイアイ・サー! 各艦砲撃開始! ドライヤー艦長砲撃だ!」


 下された攻撃命令に参謀長は勇躍し命令を伝える。

 疲れ切っているはずの乗員達も、歓声を上げて喜び勇んで攻撃を再開した。

 ヴァンガードが発砲すると他の艦も続々と砲撃を始めた。

 照明弾の光の中に多数の水柱が上がり、輝きを増して、夜を彩った。

 命中弾が発生すると、火柱が上がり、その彩りが新たな色を加えた。

 帝国外洋艦隊主力は次々と被弾し損害を増やしている。


「順調です。敵の反撃はありません」


 敵からは味方艦の発砲炎で見えているはずだが、炎が光るのは一瞬であり、狙いを付けるだけの時間、砲撃できるだけのデータが集まらないようだ。

 そのため大艦隊は外洋艦隊の反撃を受けずに砲撃していた。


「良いぞ、砲撃続行だ」


 予想外の優勢にサイレントジャックことブロッカス提督も興奮して声を上げた。

 大艦隊の砲撃は最高潮に達した。

 その時、十数機の機体がヴァンガードの上空を通過した。


「航空隊は航空機も発進させてるのか。豪勢だな」


 参謀長が上空を通過した機体を見て嬉しそうに言う。

 だが、昴と相原の顔は蒼白になっていた。


「どうしたのだ?」


 顔が青ざめている二人に参謀長が尋ねる。

 相原は自分の最悪の想像を苦しみつつ話し始めた。


「航空機が夜間に作戦行動を行う事は殆どありません。着艦が難しいのです」


 飛行中の飛行船に着艦させるのは難しい。

 それ以前に飛行船と合流できるかどうか怪しかった。

 そのため、忠弥は夜間着艦の訓練を殆どしていない。

 研究しているが、実用に足るだけの支援装置――無線航法誘導装置やオートパイロットなどを作ることが出来なかった。

 だから、飛行船艦載機による夜間作戦など考えていない。

 研究と訓練は行っているが、実戦で使用するに至ってはいない。


「それに着艦させるには、照明が必要です。照明を出せば敵に見つかりやすい状況になり、このような混戦の中では危険です」


 一番問題だったのは、飛行船を見つけやすいことは、敵にも見つかりやすいと言うこと。

 収容中の無防備な瞬間に闇夜の中から奇襲されて飛行船を撃墜される恐れがあった。

 だから、夜間に飛行機を出すことはない。

 特に敵が、それも飛行船撃墜能力のある敵が近くにいる状況で飛行機を着艦させるなど自殺行為だ。


「……では……あの機体は?」


 参謀長もその意味に気がついた。

 そして正しいとしりながら、間違っていると言って欲しいと思いつつ、確認する。

 だが参謀長の聞いた答えは最悪だった。


「帝国軍の機体です」


 相原は答えた。

 一瞬だけ見えただけだったが、あの機体は帝国のアルバトロス戦闘機だった。

 しかも、下翼の先端にはロケット弾を搭載していた。

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