第234話 照明弾

「運良く日が暮れてくれたな」


 ヴァレンシュタインの航海長、現艦長代理のポール少佐は、戦場清掃――負傷者の手当および死者を収容し、応急修理を終えた後、周囲が闇に覆われる様子を見て安堵した。

 巡洋戦艦の本来の任務、外洋艦隊主力の先行偵察もあり、偵察部隊は外洋艦隊の先頭を進んでいる。

 おかげで速力を出さなければならず、高速航行による水圧増大で浸水が酷く、副長は応急指揮にかかりきりで、今も航海長が艦長代理として艦を指揮している。

 指揮権を副長に渡したいポールだが、火災で髪と制服が焼け焦げ、浸水で全身ずぶ濡れになり、くさびを打ち込む際、打ち損なって強打した左手を腫れ上がらせて、なお応急指揮を続ける副長の姿を見たら言い出せなかった。

 夜の到来はポールの緊張をいくらか緩和した。

 味方とは距離を詰めて見える範囲にいるが、敵艦隊は視程の外、自分たちも見えないが相手も見えない。

 敵艦隊は母港との間に入り込もうとしているようだが、いくら膨大な数の艦艇を持つ王国でも広大な海を埋め尽くすことは出来ない。

 監視が薄いところを見つけて突破することは可能だ。

 仮に分散させても各個撃破の対象となり、大損害を受けた外洋艦隊でも打ち破って帰ることが出来る。

 状況を把握しにくい夜間なら尚更で、大艦隊が混乱している間に突破することも出来る。

 幸い、飛行船により大艦隊主力の位置は判明しており、背後をすり抜ける事が出来る。

 夜なら敵の航空機――飛行機も飛行船も見えないと考えており、連合軍に見つかることはないと思っていた。


「うん? あれは?」


 だが夜空の一角、星が見えるはずの場所に星が見えないことに気が付いた。

 雲かと思ったが、雲にしてはあまりにも見えない範囲の曲線が綺麗で人工物のようだった。

 しかも、徐々に大きくなっている。


「まさか」


 見間違いと思いたかったが万が一のこともある。


「見張り! 左上空に物体がある! 確認しろ!」


 見張員に命じて上空の物体を確認させる。


「敵飛行船雄飛型です!」


 敵に見られた事に緊張が入る。

 だが、既に夜になっている。

 それに飛行船が搭載できる爆弾はせいぜい数百キロ。砲弾と同じ重量だが、数百メートルから落とすのと、秒速数百メールで飛び込んでくるのでくるのでは威力が違う。

 上空から落とされたところで簡単に回避できるし、命中しても堅牢に作られた帝国艦艇の装甲が弾く。

 何ら問題ないはずだった。

 だが、飛行船は左舷側に接近すると上空から何かを落とした。

 見当外れな方角だったが、海まで半分まで落下したとき、突如爆発し激しい閃光を放った。


「くっ」


 突然の強い光に航海長は照明弾とは反対側の方向へ目をそらした。

 そして、見えてしまった。

 照明弾の余光に映し出された王国大艦隊主力の艦列を。




「皇国飛行船照明弾を投下! 大型艦多数が見えます!」

「長官をお呼びしろ!」


 王国大艦隊独立旗艦ヴァンガードの見張り員が報告すると参謀長は従兵に長官を呼びに行かせた。

 一分もしないうちに異変を察知したブロッカス提督が現れ、状況を確認する。


「帝国の外洋艦隊か?」

「恐らく、味方の戦艦は全てヴァンガードの周辺に集まっています」


 味方の艦艇はヴァンガードの周辺にほぼ全て集まっている。

 簡単な引き算であり遠方にいるなら敵である。

 それでも小型艦を大きく見誤っている可能性もあった。


「忠弥が敵艦隊の位置を示してくれているんだわ」


 露天艦橋にいた昴が言う。


「すぐに攻撃するべきです」


 外野ながら進言する。

 止められなかったのは誰もが攻撃のチャンスだと思っているからだ。

 だが、夜戦だと大規模な艦隊ほど混乱する可能性がある。

 闇夜の中、大型艦艦艇が動き回り衝突事故を起こさないようにするのは無理だ。

 それに万が一、味方だった場合同士討ちになる。

 その時、飛行船から新たな照明弾が落ちた。

 照明弾は紅い炎を出し、下の艦を紅く染め上げた。


「敵味方の識別を行っているようです」


 相原が伝えた。

 軍隊では敵味方の識別は、味方が青、敵が赤としている。

 色分けして誤射を防ごうとしているのだ。


「長官」


 参謀長は全員の声を代弁して言う。

 それでもブロッカスは考えあぐねた。

 だが、命令を下す前に味方艦が発砲した。


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