第233話 大艦隊の弱点

「敵艦隊を発見してました! 我々の方へ、北に向かっています」

「よし!」


 大艦隊の後方、北西方向に飛天を飛ばしていた忠弥は、入ってきた偵察報告に喜んだ。

 大陸に近づくに従ってベルケの航空戦力が増しており、偵察は不可能に近かった。

 しかし今は敵艦隊が忠弥達が制空権を確保している海域に入ってきてくれている。

 大艦隊が南方、帝国軍の飛行場が多数ありベルケ達への支援を行う航空機が多数いてが制空権を確保している大陸沿岸へ向かっていると聞いた時は、不味いと思い反転するように伝えた。

 しかし、外洋艦隊が敵母港へ逃げるのを阻止しなければならず、大艦隊が沿岸に近づくのは、やむをえなかった。

 だから敵外洋艦隊が自ら北上してきてくれたのは予想外の幸運だった。


「直ちに大艦隊に位置を報告するんだ」




「長官、皇国空軍飛行船から敵外洋艦隊の位置を知らせてきました」


 王国大艦隊独立旗艦ヴァンガードの露天甲板では参謀長がもたらされた電文をブロッカス提督に報告する。


「すぐに、やっつけちゃいましょう」


 昴の明るい声が響いたが、司令部は重苦しい空気に包まれていた。


「どうしたの? 戦わないの?」


 昴の問いかけに傍らにいた相原が説明した。

 階級は下だが、忠弥のパートナーであり、空戦技術にも秀でている有名人のため、下手に出た。


「もうすぐ日没になります」

「それがどうしたの……」


 そこまで言って昴は気が付いた。


「夜の海戦は混乱が起きやすいのです。敵を見つけるどころか、味方がはぐれてしまい、衝突したり敵と誤認して誤射してしまう可能性もあります」


 夜間迎撃戦を経験した事もある昴はすぐにその意味を理解した。

 確かに航空機でも夜間の戦闘は厳しい。

 船は足は遅いが、夜に空いてを見つけにくいのは空も海も同じだ。

 すでに日は水平線の向こうへ沈んでおり、今は残照が空を明るくしているだけで、間もなく闇に包まれる。


「全艦隊に通達、主力は後退、外洋艦隊と敵母港の間に入る。水雷戦隊は夜間襲撃を行うように命じよ」


 ブロッカス提督は命じた。

 王国海軍は優れた海軍力を持っているが、夜間戦闘は苦手だ。

 戦艦の数の差で圧倒する正攻法を王国海軍は基本戦術にしていたため、少数で多数を攻撃する夜間戦闘は想定していない。

 迎撃や防御はともかく、積極的な攻撃方法として大艦隊主力戦艦群は夜間戦闘の訓練をしていない。

 夜戦は小回りのきく水雷戦隊にやらせた方が良い。


「主力は明朝に再度の戦闘を企図する。戦闘配置を解除して休ませろ。私も休む」


 この判断は、のちに議論を呼んだが、戦闘開始から数時間経過しており、乗組員の疲労、特に全力で釜焚きをしていた機関科員の疲労は極限に達しており、これ以上は熱中症と過労による死者も出かねない。

 誇張ではなく通常航海時でも機関室の平均室温は摂氏四十度後半であり全力発揮時には更に温度が上昇する。

 機関員が十分から十五分毎に交代していても、作業は過酷であり、長時間の期間全力発揮には限界がある。

 だからブロッカス提督の判断は間違っていなかった。

 だが、彼が艦橋にある長官休憩室へ入って横になった数分後、ブロッカス提督は再び露天艦橋へ戻ることになる。




「敵艦隊の位置が分かっているのに攻撃できないか」


 艦載機を収容しつつ忠弥は唸った。

 日没となり、ベルケも夜間飛行の危険を考慮して、戦闘機隊を撤退させている。

 忠弥もベルケの動きを見つつ闇が周りを包む前に味方を収容していた。

 だが、なんとか攻撃したいという思いもあった。


「戦艦が夜間戦闘を行うのは難しいですから」


 水雷出身で駆逐艦に乗り込んでいた事もある草鹿が言う。

 小型の駆逐艦は小回りがきき、夜間でも、むしろ闇に紛れて行動できる。

 大型の戦艦は見つけやすく良い的だ。

 演習で何度も戦艦に魚雷を命中させ、先の戦争において実戦で命中させているだけに草鹿の言葉は重みがあった。


「何が難しい?」

「敵味方の識別が難しいのです。それ以前に、敵を見つけることが難しくなります」


 草鹿は夜間戦闘の難しさを具体的に説明した。

 忠弥はしばし黙り込んで考え込むと、あるアイディアを思い浮かべた。


「じゃあ、我々が見つけて位置を教えてやろう。草鹿中佐出来るだろう」

「もちろんであります」


 かねてから忠弥が用意していた方法を準備万端に整えていた草鹿は、自信たっぷりに答えた。

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