第232話 死神の罠
「何としても母港に帰投しなければならない」
戦場から離脱したインゲノールは、司令部艦橋で言った。
現在、外洋艦隊の東側に大艦隊主力、その更に向こう側に帝国の母港がある。
母港に帰還するには、間にいる大艦隊を突破する必要がある。
撃破は不可能。
大艦隊の方が圧倒的優勢であり、外洋艦隊は損傷艦が多数で戦闘力を失っている艦も多い。
再度戦闘を行えば外洋艦隊は壊滅してしまう。
「全艦に信号。一斉回頭、陣形を再編する」
現在外洋艦隊の陣形は旗艦が最後尾に付いている状態であり、隊列も乱れている。
反転させて、旗艦を先頭にして、同時に隊列を元に戻させる。
幸いにして、各艦共に機関は無事で、航行することに支障はなかった。
ヴィルヘルム・デア・グロッセが速力を落としたこともあり、各艦の再編成は無事に済んだ。
「大艦隊は、我々を母港に戻さないよう、母港との間に入り続けるはずだ」
インゲノール大将はブロッカス提督の考えを読み始めた。
圧倒的な戦力差があり、撃滅可能なら、逃げられないようにして戦闘を強要するのが海軍戦術として当然だった。
大艦隊にはそれだけの戦力があり、外洋艦隊の撃滅を狙っているはずだ。
だからこそ、追撃して此方に向かってきている。
断続的にだが、大艦隊の情報が指揮下の水雷戦隊から入ってきており、動向は分かる。
「そこで、我々は、敵大艦隊の背後へ遷移。後ろから回り込んで母港を目指す」
幕僚達は驚いたが、納得した。
いくら大艦隊でも、広大な海を全て埋め尽くすことは出来ない。
ならば、必ず戦力が薄くなる場所がある。
背後ならば、突破できる可能性はある。
「敵艦隊は南に向かっているので艦隊は北へ向かう。そして水雷戦隊からの位置情報を元に敵艦隊の背後へ回り込み母港へ向かう。かかれ」
インゲノール大将は配下の水雷戦隊から送られてくる情報から大艦隊の位置を推測し、背後に回ろうとしていた。
しかし、無線傍受を恐れて発光信号のみに限定したためタイムラグがあった上に、ブロッカス提督が慎重に艦隊を進めたために、予想より大艦隊の位置が北にずれていた。
それは偶然にも、インゲノール大将が艦隊を進ませようとした位置とピッタリ合ってしまった。
外洋艦隊は再び大艦隊の真横へ、地獄の釜へ突入しようとしていた。
「不味い!」
その様子を上空のカルタゴニアから見ていたシュトラッサー中佐は叫んだ。
戦域が南へ大陸へ近づいたこともあり、陸上からの支援も受けられるようになった帝国側は、なんとか機数を繰り出し忠弥達連合国を圧倒して制空権を確保することが出来た。
カルタゴニアが前に出て双方の艦隊を偵察できる程度には帝国側が優位な状況になっていた。
「直ちに外洋艦隊に打電! 北西へ向かうように伝えろ! 敵艦隊の位置も追伸で送れ!」
そして追加で命じた。
「ベルケ大佐に連絡してくれ。決して敵機を外洋艦隊に近づけないでくれ、と」
通信員は直ちに打電した。
受け取ったベルケは一瞬だけ顔を硬直させたがすぐに、シュトラッサー中佐の言が正しい、と認め、多くの機体を出して外洋艦隊上空の制空権を確保した。
そのため、忠弥達連合国は一時的に帝国外洋艦隊の位置を見失った。
「確かなのか?」
インゲノール大将は飛行船から受け取った電文を読んで戦慄した。
王国の大艦隊が遅れていて、自分たちの目の前に居るということが本当なら自分たちは今度こそ死に向かっている。
「水雷戦隊の報告では大艦隊の位置は飛行船の報告より南ということですが」
幕僚は歯切れ悪く答えた。
巡洋艦や駆逐艦を偵察に出していたが、タイムラグや位置の誤認の可能性があり、正確な位置の確証は無かった。
「回避すべきか」
「損傷艦が多数です。直ちにドックへ入れたいのですが」
先ほどの砲戦で損傷艦が出ており浸水被害が激しい。
今は艦隊についてこれているが、時間が経てば浸水量が増えて徐々に速力が低下して落伍。
最悪の場合、浸水増大で沈没、あるいは速力がだせなくなり自沈処分となる。
出来れば最短距離で母港へ向かいたいインゲノールだった。
「全艦一斉回頭、針路北西。直衛の駆逐艦を東に向かわせて直接報告させろ」
「了解」
インゲノールは飛行船の報告を正しいとして命令を下した。
艦隊は一斉に北西へ向かう。同時に偵察に出した駆逐艦が報告してきた。
「敵大艦隊主力を発見! 位置は本艦隊の東! 南へ航行中です!」
水平線ギリギリの距離から発光信号で伝えてきた。
直後、駆逐艦は多数の水柱に囲まれて姿を消した。
「あのまま進んでいたら、我々も駆逐艦のように沈んでいましたな」
幕僚が呟くとインゲノール大将は無言で頷いた。
直後、水雷戦隊から情報の訂正が連絡されてきて、飛行船部隊の報告が正しいことが、理解された。
「このまま北方へ向かう。予定通り敵艦隊の背後へ回って母港へ向かう。新たな敵艦隊の位置を元に迂回する」
インゲノール大将は自分の作戦を修正しつつ実行しようとした。
だが、北の方向には忠弥の部隊がいた。
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