第231話 煙幕弾
忠弥の機体から放たれた投下物は内部の燃焼材を燃やし、赤に着色されたオイルを加熱させ、細い穴から外部へ赤い煙を吐き出した。
小さなパラシュートによって落下速度が緩やかになったこともあり、赤い煙は太く大きく霧の白と硝煙の灰色と煤煙の黒が混じる空の中でもハッキリと見えた。
煙が出てきた高度があったため煙幕越しの大艦隊からも見えていた。
「司令が座標指定用の煙幕弾を落としてくれたんだ」
攻撃目標を指示するため、目印となるよう地上へスモーク――発煙弾を落とすことは二一世紀の戦場でもよくあることだ。
西部戦線でも地上攻撃を容易にし、指示を行いやすくするために発煙弾を使用していた。
忠弥は今回の艦隊決戦でも使用する場面があると予想し、搭載していた。
敵艦隊の上空へ発煙弾を投下して位置を大艦隊に知らせたのだ。
「各艦に通達! あの赤い煙の真下へ照準を合わせ砲撃せよ!」
ブロッカス提督の命令が降った。
大声で叫ぶ提督の興奮が各艦に伝わり、砲撃は先ほどより激しくなる。
不明瞭な部分があり、伝達にタイムラグが出来るこれまでの方法とは違い、明確な目標が煙幕の向こうに鮮やかに浮かぶ紅い煙の柱が各艦から見えるだけに修正も射撃も早かった。
しかも各艦が単一の目標へ正確に打ち込むので砲撃の密度は今まで以上に高かった。
「なんてことだ……まるで死の嵐だ」
主力と併走していたヴァレンシュタインの艦橋から航海長にして現在は艦長代理のポール少佐は、その光景を端的に表現した。
大艦隊主力戦艦二九隻が持つ二〇〇門以上の主砲から放たれる砲弾がその一角に集中している。
しかも濃密な着弾点を外洋艦隊の主力が通過している。
そのうちの一隻、ヴェストファーレンが突入した。
二万トンもある巨大な船体が一瞬、着弾による赤い爆発を多数見せたかと思ったら無数の水柱に包み込まれ、水霧の向こうに消え去る。
撃沈したのでは無いかと心配したが、水霧が晴れて行き向こうに艦影を確認して安堵する。
しかし、すぐに背筋が凍り付く。
ヴェストファーレンの船体に、いや船体だったもの、スクラップ同然にした無数の被弾痕がはっきりと肉眼で確認できたからだ。
主砲塔は全て破壊され、煙突はへし折れ、船体の中央部と艦首には大きな穴が空いている。
幸い、ダメージコントロールに成功したため航行可能だが、大損害には違いない。
どれだけの乗員が戦死したか、想像も付かない。
浮いている方が不思議だったが、スクラップ同然となりながらもヴェストファーレンは浮いて走っていた。
ハイデルベルク帝国海軍艦政本部の設計陣は見事仕事を果たし堅牢な艦を作り上げヴェストファーレンは想定以上の損害に耐え浮き続け航行する。
王国海軍の攻撃不足を責めるより数発の被弾を同時に受け、なお浮かんでいるハイデルベルク帝国海軍艦艇の防御力の高さを賞賛すべき事象であり、のちの海軍史にも特筆されている。
だが、ヴェストファーレンを廃墟にしても死の嵐は止まない。
時折、嵐の空中で紅蓮の炎が上がる。狭い領域に砲弾が集まり過ぎて空中で衝突し爆発したのだ。
この濃密な砲撃の中を主力は通り抜けられるのか。
通り抜けられたとしても撃沈あるいは大破は確実だ。
そして、砲撃目標を示す赤い煙柱は残っている。
「消えてくれ。だれか、消してくれ」
ポールは祈るように、切実に呟いた。
「煙をかき消せ!」
航海長の言葉を聞いたわけでは無かったが、ベルケは煙柱へ向かって突入した。
一回だけかき消えるわけでは無い、だが、何度も駆け抜けることで煙をかき乱し、消して行く。
部下達もこの行動に加わり、煙柱は拡散していく。
「させない!」
その行動を見た忠弥も妨害に出て行く。
だが、ベルケも上手く忠弥の銃撃を回避する。
しかも、絶好の射撃位置が煙柱の中にしたり、かすめる位置に機体を持って行くため、煙を霧消させないように飛行する忠弥を牽制する。
「さすがだ。ベルケ」
ベルケの行動に忠弥は感嘆し、夢中になって追いかけた。
その間に外洋艦隊は危地を脱しようとしていた。
「着弾点を突破しました!」
「うむ」
インゲノール大将は参謀の喜びで弾む言葉に頷いた。
立ち上った煙柱が時間が経つにつれて広がり、目標がぼやけて弾の集まりが悪くなった。
煙の位置も隊列から少しずれたため、インゲノールは艦隊に回避自由を指示。
砲弾がまばらな箇所を突破して退避に成功した。
数発被弾していたが、王国より防御力に重きを置いた帝国の戦艦は耐えきり、ヴィルヘルム・デア・グロッセは軽微な被害で済んでいた。
退避に成功した外洋艦隊を改めて見渡す。
やはり隊列の中間、激しい砲撃を受けた艦は大損害を受けていた。
だが、一隻も沈んでおらず、速力も維持している。
大艦隊主力がやってきた今、勝算はほぼ無くなったが、外洋艦隊を無事に母港に戻せば大損害を受けた艦艇でも修理して戦列に復帰させる事が出来る。
「全艦、南に向けて退避。隊列を再編せよ」
インゲノールは指示を下した。
本来なら一度停止して再編成をしたいところだが、敵の前にいるためそんな余裕は無い。
事実、大艦隊司令長官は忠弥からの外洋艦隊離脱の報告を受けて、追撃を指令。
小隊縦列――四隻ずつの単縦陣に分裂し外洋艦隊の追撃をはじめていた。
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