第230話 ベルケ推参

「遅くなったな!」


 忠弥の展開した戦闘機のスクリーンにより、ベルケ率いる帝国軍航空隊は外洋艦隊主力の上空へ行くことが出来なかった。

 だが、ベルケは自ら残った戦闘機を率いて一点に集中させることで、突破口を開き突入してきた。

 一機たりとも偵察機を通さないよう薄く広く戦闘機を展開していた皇国空軍は、耐えきれずベルケの突入を許してしまった。

 能力不足では無い。

 彼らは大艦隊主力の存在を決定的な状況になるまで秘匿――帝国の偵察を許さなかった。

 だが、そのために多大な消耗――撃墜されなくても被弾し飛行不能になったり、燃料弾薬を使い切り補給の目処が立たない状況を強いられた。

 それでもなお目的を達成し息も絶え絶えになった瞬間、ベルケの突入が行われ、突破を許してしまったのだ。

 何時いかなる時も航空優勢を確保という意味では失敗だったが、現有の能力を忠弥達皇国空軍は全力を十二分に発揮して王国大艦隊の優勢を導いた。

 ただ限界を超えてしまった時にベルケが突入されてしまった、その限界をベルケが見抜いて突入されてしまった事が皇国空軍の不幸であり限界だった。


「酷い有様だ」


 大艦隊に砲撃される外洋艦隊。

 煙幕を張っているが、外洋艦隊の陣形の中央部に水柱が林立している。

 そして、上空にいる飛天型飛行船。

 瞬時にベルケは状況を察した。


「外洋艦隊は大艦隊の砲撃を受けている。大艦隊は飛天からの観測を元に砲撃を行っていると推測される。飛天をこの空域から排除し外洋艦隊の窮地を救え! 突撃!」


 ベルケは飛天に向かって突撃を始めた。

 率いている一六機のアルバトロス戦闘機の内、四機はロケット弾装備だ。

 飛行船に一撃を浴びせれば、撃破し、大艦隊は観測拠点を失う。

 飛天からも護衛戦闘機が飛び出し、ベルケの戦闘機隊と激しい空戦が起きた。

 だが、ベルケの方が数も勢いも勝っていた。

 飛天に向かってロケット弾を装備した戦闘機が次々と突入。

 ロケット弾を放った。


「ダメだ」


 ロケット弾を発射したが、全て手前で落ちてしまった。

 巨大な飛行船に向かったため、視野一杯に広がった状態から近づいたと判断して、引き金を引いてしまったようだ。

 ロケット弾は射程距離の遙か手前から放たれ、途中で推進力を失い、飛天の下方を通過して、海に落ちていきベルケを嘆かせた。


「くっ」


 忸怩たる思いだったが、ベルケは、まだ諦めてはいなかった。


「突入を繰り返せ!」


 攻撃を終えた機体に命じて、飛天に突入させる。

 既にロケット弾は撃ち尽くしているが、ベルケの命令だったので、彼らは従った。

 ベルケも、突入に参加し、飛天に接近する。


「ロケット弾がないことを向こうは知らない」




「飛天が離脱していきます! 観測データ、送信中断!」


 ヴァンガードの見張員が大声で報告した。

 だが、露天艦橋にいる全員が、敵機に襲われた飛天が敵艦隊上空から退避し発光信号が途切れたことを見ていた。

 それだけに落胆も大きかった。


「長官、追撃戦に移行しますか?」


 参謀長が改めて尋ねた。

 射撃データが送られてこないのであれば、砲撃していても意味はない。

 いまは飛天のデータが有効だが刻一刻と状況が変わる中では、急速に価値を失う。

 このまま砲撃を続けるか、外洋艦隊を取り逃がさないように大艦隊主力追いかけるべきか、参謀長はブロッカス提督に問いかけた。


「いや、暫くこのまま待つ」


 だがブロッカス提督は待機を命じた。

 分散して追いかける際の混乱を懸念しての事だったが、同時に忠弥達に期待しての事だった。

 このような状況でも何かしてくれるのでは無いか、と冷静で論理的なブロッカス提督には珍しく自分の期待感を優先させた。


「アイアイ・サー」


 参謀長は了解した。

 彼も忠弥達に期待していたのだ。





 ロケット弾一発でも命中すれば飛行船は火達磨だ。

 最初に実戦使用した皇国空軍だけにその威力はよく知っているだろう。

 もし、数少ない有力な戦力である空中空母が撃破されたら、カルタゴニア大陸で一隻を撃破された時の悪夢が蘇った。

 特に被弾時に指揮を執っていた草鹿は強く感じた。

 飛天に退避命令を下し、戦場から離脱してしまったのは、致し方ないことだった。


「よし」


 飛天の離脱を見たベルケは安堵した。

 下を見ると、砲撃の精度が悪くなり、弾着がまばらになっている。

 外洋艦隊への被害は少なくなり、多少損害を受けるだろうが、無事に離脱できるはずだ。


「うん?」


 だが、林立する白い水柱のスクリーンに、一機の機体が映り込んだのをベルケは見つけた。


「忠弥さん」


 それが忠弥の機体である事はベルケにはすぐに分かった。

 顔は見えないが、あの風を纏うような綺麗な飛行を行えるのは、忠弥さんしかいない。


「けど無駄ですよ」


 見たところ単座。

 後ろに観測員を乗せていなければ敵情を見て、観測データを送ることは出来ない。

 機体の下に爆弾らしき物を積んでいるようだが、戦闘機に積める程度の小型の爆弾では分厚い戦艦の装甲を打ち抜くことは出来ない。


「無駄なあがきです」


 ベルケはそう思っていた。

 だが、すぐに忠弥がそのような無駄なことはしないと思い返した。

 そして、無意味な飛行など忠弥は行わない。

 ならば航空機で何が出来るか。

 航空機で現状を打破するには何をすればよいか、何ができるのか。


「しまった!」


 思い至ったベルケは操縦桿を強引に操り忠弥に向かって機体を翻す。

 スロットルレバーを押しスロットルを全開にして急加速させ、撃墜するために向かっていく。

 忠弥もベルケの接近に気が付いて機体を小刻みに動かし射撃位置に付かせない。


「くっ、下に重量物を積み込んでいるのに、上手く避ける」


 機体の下に爆弾のようなものを積み込んで重量バランスが崩れているはずなのに、軽やかに飛行している。


「うおおおおっっ」


 ベルケは更に接近してトリガーを引いた。

 前方の機銃が火を噴き、無数の銃弾が忠弥の機体へ向かう。

 だが、忠弥は、搭載物を投下して急上昇して躱した。銃弾は搭載物と機体の間を通り抜け空を切った。


「くっそおっ」


 ベルケが悪態を吐き、投下物へ視線を向けたとき、離れていった投下物は赤い煙を放ちながら海へ落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る