第229話 弾着観測
「敵も凄い動きをするね」
上空から双方の艦隊の動きを見ていた忠弥は感嘆の声を上げた。
絶妙のタイミングで一本の戦列を作り出し、迎え撃った王国大艦隊。
一方砲撃の嵐の中、巡洋戦艦の援護を受けつつ、一斉回頭を行い、離脱した帝国外洋艦隊。
特等席から見るその動きは芸術的でさえある。
ボロデイルの動きが余計だったが、口にしなかった。
「だけど、逃がしたら戦争は長引くね」
「はい、帝国に打撃を与えられません」
傍らにいた飛天艦長の草鹿が同意した。
外洋艦隊が居る限り、大艦隊を他の方面に向かわせることは出来ない。
もし、状況が許せれば、帝国本土上陸作戦さえ出来る。
上陸作戦の実施は難しいが、実施出来ることを示すだけでも帝国を警戒させ主戦船である西部戦線から兵力を引き抜くことが出来るかもしれない。
「なら、打撃を与えられるよう、打電してくれ」
「了解」
忠弥の命令を受けて草鹿は通信室に指示した。
「僕も出る。機体の準備は出来ているだろう」
「はい、装備は既に搭載済みです。爆弾と同様に投下すれば数秒で作動します」
「ありがとう」
忠弥は格納庫に向かっていった。
「煙幕のため、射撃不能です」
参謀長の言葉にブロッカス提督は同意し頷いた。
外洋艦隊にT字を決めて、集中砲火を浴びせる事に成功した。
だが、巡洋戦艦部隊が間に割り込み煙幕を展開、外洋艦隊主力を隠して離脱させた。
しかもボロデイルの馬鹿が、シュレーダーと戦おうと加わり、煙幕展開へ結果的に参加する始末だ。
味方であるために砲撃できないのが残念で仕方ない。
巡洋戦艦部隊は優速とはいえ主力と併走しているため煙幕が長く停滞している。
暫くは晴れそうにない。
戦艦は敵を見て射撃データを得ているので、煙幕で見えなければ砲撃は出来ない。
「いかがなさいますか?」
参謀長が尋ねてきた。
このまま陣形を維持するか、解除して追撃戦に移るか指示する必要がある。
陣形を維持すれば、戦闘力は確保できるが、取り逃がす。もう一度、外洋艦隊主力を戦列の横に持ち込めるかは不明だ。
陣形を解除すれば、追撃して追い打ちを掛けられる。だが、艦隊がバラバラになるため、各個撃破される危険もある。三十隻前後の大型艦が密集しているため混乱する可能性もある。
数万トンの戦艦同士が接触事故を起こせば、最悪船体を両断して沈没させてしまう。味方同士の衝突事故は避けなければならない。
かつて若手士官として戦艦に乗り込んでいた時演習中、司令部のミスで衝突事故が起き乗艦を失っているだけにブロッカスは慎重だった。
だが打開策もなく、ブロッカスは、どうするべきか考えた。
「長官、飛天より通信が入りました」
その時、相原が電文を持ってきた。
「本艦の右七八度、距離一万五千に敵艦隊がいるとの事です」
「確かなのか、何故分かる」
「上空からの観測です」
驚く参謀長に相原は説明した。
「煙幕より上に飛行船がいます、そこから観測しています」
煙幕より遙か上を航行中の飛行船を、発火信号を送っている飛天を指さして説明した。
「これだけのデータでも砲撃の成果はあるでしょう」
「だが、不正確すぎる」
「弾着も観測できます。飛天から修正データが入る手はずになっています。艦長は本職の海軍軍人で、任に堪えます」
相原は必死に説明した。
「長官!」
相原はブロッカス提督に直接言った。
敵艦隊は射程距離から離脱しつつあり、チャンスは刻一刻と失われている。
「やってみよう」
ブロッカスは決断した。このまま陣形を保ちつつ、攻撃できるのならやるだけの価値はあると考えた。
「砲術長に射撃目標知らせ! 準備でき次第砲撃! 各艦にも伝えよ! 飛天からのデータを元に砲撃せよ」
「アイアイ・サー」
すぐさま指示が飛び砲撃が始まる。
半信半疑だったが、煙幕の向こう側から、明らかに水柱とも、煙幕とも違う黒い雲の柱が立ち上がる。
「命中弾らしいです!」
幾度も海戦を経験してきた王国海軍の将兵達はそれが、命中弾だと言うことをしっていた。
データに従えば命中する。
飛天への信頼感が高まった。
「飛天のデータを元に砲撃を継続せよ」
ブロッカス提督は命令したが、既に信頼していた各艦は射撃速度を増して、砲撃を続行した。
「なにいいいっっ」
単縦陣の中央部に林立した水柱にインゲノール大将は驚愕した。
煙幕で遮られているはずの大艦隊が砲撃してきたからだ。
こちらからも見えないのに、多少のばらつきはあるものの、砲撃できるのだ。
「提督! アレを!」
参謀が空を指さすと、巨大な飛行船が空を飛び発光信号を送っていた。
「飛行船から観測し、我らの位置を教えているのでしょう」
「まさか……」
否定しようとしたところでインゲノール大将は思い出した。
自分も飛行船で敵艦隊を発見しようとしたし、シュレーダーは王国の巡洋戦艦部隊を見つけ優位に立った。
戦場で飛行船を飛ばし弾着観測を行わせる位は出来る。
「くっ」
忸怩たる思いだが、現実を認めないわけにはいかなかった。
偵察しか出来ないと思っていた飛行船に自分たちが窮地に陥っていることに。
既に被弾して黒煙を噴き上げている艦も出ていた。
砲撃は隊列の中央部を狙っている。
このまま進めば艦隊の半数が大艦隊主力の猛烈な砲火を浴びることになる。
回避すれば、隊列が乱れ、分断し、劣勢な戦力が更に劣勢になる。
それに回避しても上空から飛行船に監視されていたら、すぐに回避した座標を通達され、また砲撃の雨となる。
「誰か、誰でもいい、あの飛行船をなんとかしてくれ」
インゲノール大将は思わず呟いた。
そして、その思いに応えてアルバトロスが現れ、機体を操るベルケが付いてきた部下に叫んだ。
「外洋艦隊を援護せよ!」
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