第224話 死の騎行
「ヴァレンシュタインにようこそ、シュレーダー司令官。お待ちしておりました」
「世話になる」
シュレーダーを艦長と共に出迎えたヴァレンシュタインの航海長ポール少佐は、服務規定通りの敬礼を向けたが内心見下していた。
通信能力が無くなったとはいえ、乗艦していた旗艦を捨てて他の艦に移るなど提督としてあるまじき行為と思っていたからだ。
次席指揮官に指揮権を譲り、自分は旗艦と共にあるべきではないか。艦隊を停止させ、危険に曝すなどあってはならないと若い感性からポールは思った。
だが、その考えはすぐに過ちだと分かった。
「シュレーダー長官。インゲノール長官より命令です」
通信長が総旗艦ヴィルヘルム・デア・グロッセからシュレーダー宛の電文を持って現れ伝えた。
「読め」
「はっ! 読みます。発 外洋艦隊司令長官 宛 偵察部隊司令官。本文、ゲフェクツヴェンドゥンク!」
Gefechtskehrtwendung!――戦闘回頭 かかれ!
ポールはその意味を理解できなかった。
だが、シュレーダーは現状を把握し即座に命令を理解して部下に命じた。
「全艦最大戦速! 信号、我に続けを継続発信! 取り舵、針路北東」
針路北東と聞いてポールは耳を疑った。
外洋艦隊を攻撃している大艦隊のいる方向だった。
事実上の自殺命令に怯む部下にシュレーダーは、目的を言った。
「外洋艦隊主力は大艦隊に突っ込んでしまっている。主力が反転撤退するまでの時間を稼ぐため、我が巡洋戦艦部隊は味方主力と敵艦隊の間に入り主力の撤退を援護する!」
命令の意図を聞いてポールは更に顔を蒼白にさせた。
あの王国海軍の主力、ほぼ全て戦艦が集まっているその矢面に立つというのだ。
いくら堅牢な帝国の艦艇でも装甲の薄い巡洋戦艦である。
数分でスクラップ、最悪の場合撃沈されてしまう。
だが、シュレーダーの決意は揺らがなかった。
「主力が壊滅すれば、連合軍による帝国本土への上陸さえ可能になる。それを防ぐためには主力が生き残らなければならない。我が偵察部隊がこのまま引き返したところで、次こそ王国海軍全ての戦力と我々は戦う事になる。その時は確実に我が偵察部隊は全滅する」
シュレーダーの力説に怯んでいた将兵達にある種の決意が生まれた。
ここで主力を存続させなければ、主力が壊滅すれば、次は自分たち偵察部隊――帝国巡洋戦艦部隊が、王国海軍の矢面に立つことになると。
今、逃げのびて生き延びられたとしても、次の海戦で確実に死ぬという事を。
その事実に全員が覚悟を決めた。
「全艦全速前進!」
「全速前進!」
再度シュレーダーの号令が降り、今度は全員が命令に従った。
ポールは航海長として命令を復唱し、水兵が角度指示器のレバーを操作し機関室に全速を伝える。
レバーを前後に動かすといつも通りジリリリンッ、ジリリリリリリンッと甲高いベルを出す。耳慣れた音だが、今は天国への門が開くときの鐘のようにポールには聞こえる。
機関室ではタービンへのバルブを全開にして最大圧になった蒸気を送り込む。
スクリューが音を立てて高速で回りはじめ、すぐにヴァレンシュタインは動き出した。
残りの五隻の巡洋戦艦もヴァレンシュタインの後に続いて進みだし、シュレーダーの巡洋戦艦部隊は大艦隊へ向かって突撃を開始した。
「まるで軽騎兵突撃だ。いや、死の騎行か」
士官学校の戦史の授業で受けた、戦列歩兵の隊列に突撃する軽騎兵の話――無数の弾幕に撃たれ倒されていく騎兵達の事を聞いた時のことを思い出したポールは呟いた。
そういえば昔、商船上がりのルーディッケという教え子だった士官が騎兵の家系だとか言っていて、よく騎兵隊だった先祖の話、味方の屍を踏み越えていくのが騎兵です、とか言っていたこともポールは思い出した。
育ちが悪いのか要領が悪いが仕事には真摯だし、先祖の話をする時は生き生きとしていたのが印象的だ。
我々も古の騎兵と同じように行くのか、あるいは踏み越えられていく屍となるのか、とポールは思った。
そしてシュレーダーへの評価を改めた。
掛け値なしの勇者であり何が何でも任務を、役目を果たす人間だと。
戦列を共にするには非常に心強い人間だ。
ポールは左の外洋艦隊主力に目を向ける。
各艦のマストの中間に信号旗が上がり始めていたが、まだ戦列の中間までだ。
主力の一斉回頭――あの旗が全て後ろまで翻りマストの天辺に上がり、下げられるまで発動しない。
自分たちはそれまで、いや、主力全艦が180度回頭を終えるまで盾にならなければならない。
そのことを思うとポールは主力の動きが遅く見えて苛立つ。
だが、彼らが回頭を終えるまで盾に、大艦隊の砲撃を引きつけるのがポール達の任務だった。
「全艦砲撃用意! 右砲戦! 目標敵大艦隊主力!」
シュレーダーの命令が下り、全主砲塔が大艦隊に向かって旋回し砲口を槍騎兵の槍先の如く突きつける。
だが大艦隊も方陣を組んだ戦列歩兵のように、二百門を越す砲火を外洋艦隊主力浴びせていた。
シュレーダーの偵察部隊巡洋戦艦六隻はその中に、高速で突っ込もうとしていた。
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