第225話 ヴァレンシュタイン航海長ポール少佐の地獄

「全艦目標を捕らえ次第発砲せよっ! フォイアーッ!」


 ヴァレンシュタインが敵艦を射程に収めるとシュレーダーはすぐさま砲撃を命じた。

 敵の数が多すぎて、すぐにでも敵の数を減らさないと危険だからだ。


「砲術長撃ち方始め!」

『ヤボール! 全砲塔フォイアーっ!』


 艦長と砲術長の命令でヴァレンシュタインの八門の主砲が火を噴く。

 ヴァレンシュタインの優秀な砲術員達はわずか三斉射だけで王国の戦艦の中央部にに命中弾を与えた。


「フラーッ」


 命中弾を見て乗員から歓声が上がる。

 だが、王国艦隊はすぐに猛烈な反撃を開始。

 シュレーダーの艦隊へ砲弾が降り注いだ。

 本隊の援護で突入していたため、敵の攻撃が向くのは任務を果たしていると言える。

 ヴァレンシュタインをはじめとする偵察部隊が突入してきたことにより、大艦隊の攻撃目標が増えて、射撃が分散し艦隊への攻撃が先ほどより少なくなり、偵察部隊の受ける砲火も幾分か少なかった。

 それでも偵察部隊が受けた被害は甚大だった。

 その一部を、周囲に無数の砲弾が弾着し水柱が林立する中を進むヴァレンシュタインの航海長ポール少佐は、自分の目で目撃した。

 降り注ぐ大量の海水と、発砲炎を乱反射し周囲を白く染める水煙。

 第六斉射を放ち、敵戦艦を一隻脱落させた直後、水煙の一角を穴を穿つように砲弾が接近してきた。

 砲弾は右九〇度方角に向かって砲撃していた第一砲塔の天蓋後左側に命中。

 爆発の膨大なエネルギーの一部が伝わり、砲塔を回転させた。

 砲塔は駒のように左へ旋回し、半回転しても止まらず、主砲が背後の第二砲塔基部を叩いてようやく止まった。

 教会の鐘の音を何百倍にしてもとても出せない、重たい金属同士の音と甲板から伝わってくる振動がポールの体を揺さぶる。

 当然、被弾した第一砲塔内部の被害は大きかった。

 天蓋の隙間から入った爆風が砲塔内で荒れ狂い七五名の砲塔員を瞬時に戦死させ砲撃不能にした。

 第一砲塔に叩かれた第二砲塔も衝撃は大きく振動で故障が発生し砲撃不能となる。

 砲術科は第二砲塔の故障を直そうとしたが無駄だった。

 直後、第二砲塔の根元に直撃弾があり、装薬を誘爆させ下部換装室は全滅。第二砲塔も使用不能になった。


「!」


 第二砲塔爆発の衝撃が船体を伝って艦橋まで届き、床が揺れて持ち上げられたポールは足をもつれさせた。

 慌てて手近な手すりに掴まるが、砲塔への被弾は誘爆の危険がある事を思い出し、全身が凍り付く。

 だがハイデルベルク帝国海軍の優れたダメージコントロールにより迅速に被弾した砲塔の弾薬庫へ注水が行われ、誘爆は避けられた。

 目の前の弾薬庫が爆発しポールの身体が消滅するのは避けられた。

 だが僅か一分の間にヴァレンシュタインは戦闘力の半分を失った。

 ポールはもう一度、主力の方を向いた、後方の艦が手前の艦に隠れて見えにくくなっているが、まだマストの信号旗は中間に位置したままで発動していない。

 主力はまだ回避を始めていない。

 あの信号旗は永遠に下がらないのではないか、自分たちは永遠に撃たれ続けるのでは、と思えてしまう。

 だが、ポールの悪夢は続く。


「後続はどうなっている!」


 艦隊の状況を知ろうとするシュレーダーが叫びヴァレンシュタインの艦橋内に響き渡る。


「航海長! 後続はどうか!」


 艦長に怒鳴られて航海長であるポール少佐は気が付いた。

 見張は航海科の担当であり、見張りを纏めるのは航海科の長――航海長である自分の役目だ。


「見張! 後続艦の状況知らせ!」


 ポールが叫ぶと、すぐに部下達、各艦の信号と状況を見ていた見張員達の返答が来た。


「二番艦パッペンシュタイン! 砲塔一基使用不能! 艦橋に直撃弾! 艦長戦死! 副長が指揮を継承し後部指揮所にて操艦中!」

「三番艦ホルク! 被弾! 艦中央部炎上中!」

「四番艦ティリー! 第三砲塔大破! なおも戦闘中……訂正! 新たに被弾! 第二砲塔に被弾! 戦闘力半減! なおも発砲! 戦闘中!」

「五番艦ローン! 至近弾多数! 浸水発生! 速力低下! 左舷に傾斜!」

「六番艦プリンツ・アルベルト! 中央部に被弾! あ、今新たに艦首へ被弾!」


 絶望的な知らせが次々に入り、ポールの顔は蒼白となる。

 だが、不幸なのは後続艦ばかりではなかった。

 見張の報告を受けた直後、ポールの背後で爆発音が響き爆風が吹き付けた。

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