第220話 ティータイムの終わり

 大艦隊独立旗艦ヴァンガードの艦橋では予定より長いティータイムが続いていた。

 幕僚達は空のティーカップを持ったまま一言も喋らず待機していた。彼らのボスが未だにティータイムを止めない上に沈黙を保っていたからだ。

 彼らのボス、サイレントジャックことブロッカス提督は自分のティーカップを持って沈黙を続けていたが、内心怒っていた。

 情報部と潜水艦からの情報が間違っているのか、外洋艦隊主力がやってきている。

 ボロデイル提督はそのことを報告したが、以後は交戦に夢中なのか――実際は敵に追われて逃げるのに必死で敵情を伝えてこない。

 偵察に出した指揮下の巡洋戦艦三隻は、旗艦の爆沈を報告した後、何も言ってこない。

 無線封止を徹底しているのと旗艦喪失の混乱で受けた命令――ボロデイル提督への支援に基づき彼の巡洋戦艦部隊に合流した。

 そのため増援として送られた巡洋戦艦二隻は上官がボロデイル提督と思い込み、ブロッカス提督への報告義務を忘れ、ボロデイルに追随するだけになっていた。

 現在大艦隊主力は四隻ずつの縦陣七列が並行して進撃している。

 だが戦闘時には一本の単縦陣へ変更する必要がある。

 陣形変換は最短二十分で済む。

 だが早すぎれば、敵艦隊に逃げられてしまう。遅ければ、陣形変更中に攻撃される恐れがある。

 出来れば敵主力が見えない間に陣形変更を行いたい。

 接触してからの変更は妨害を受け混乱するからだ。

 しかし、周囲は霧が立ちこめ、視程は六海里――十キロほどしかなく、敵艦隊が見えない。 

 敵艦隊の情報を、陣形変更のタイミングを判断する情報をブロッカス提督はつかめずにいた。

 本来なら高速で移動し敵の所在を巡洋戦艦部隊が見つけ報告しなければならないのだが、ボロデイル提督は戦闘に夢中――あるいは生き延びるために必死で任務を怠っている。

 情報が不足し苛つく中、ブロッカス提督は感情を表情に出さないようにしていた。

 だが、不機嫌なオーラが周囲に漏れだして彼に付き従う幕僚達は気まずい雰囲気となっておりティータイムは台無しになっていた。

 紅茶のおかわりを頼むにもこの後の大海戦で途中で尿意を催しかねず、飲みにくく、彼らは空のティーカップを持ったまま沈黙を保つだけだった。

 唯一の例外は昴だけで、ティータイムのスコーンのお代わり、ジャムから蜂蜜に変えて貰って楽しんでいた。

 一部の幕僚達は呆れたが、彼女の雰囲気に重苦しい雰囲気がいくらか和らぎ、精神的な安定をいくらか保てた。


「味方巡洋戦艦部隊視認」


 ようやく見張員が待ちわびた報告をもたらした。


「ボロデイルに敵情を知らせるよう発光信号で指示しろ」


 参謀長が信号員に指示し発光信号で問いかける。

 だがボロデイルの旗艦インヴィンシブルは沈黙したままだった。

 ボロデイルがウッカリしていた上に外洋艦隊からの激しい追撃への対処で手一杯で、ブロッカス提督の信号を見落としていた。

 なかなか連絡が来ないことにブロッカス提督は苛立ちのあまり立ち上がろうとした。


「上空より味方飛行船、飛天接近!」


 そこへ忠弥の飛天がやってきた。


「発光信号です! 外洋艦隊の位置を知らせています」


 外洋艦隊主力を視認した忠弥は草鹿に現状を見せて電文を書かせ、送信させた。

 海軍軍人である草鹿はすぐにブロッカスが必要とする情報をまとめ上げ、外洋艦隊の位置、陣形、進路、速力などを知らせた。

 ブロッカスは若かりし頃、海軍近代化計画に参加し、通信関係の改善、発光信号及びモールス信号の導入に携わった。

 そのため、信号員なしで発光信号を読めた。


「諸君、ティータイムは終わりだ。参謀長、来たまえ」


 ブロッカスは自分で信号を読み終えるとティーカップを従兵に渡し、自分の席から立ち上がり、参謀長を連れ羅針盤へ向かい覗き込んだ。

 艦橋の全員の注目が――提督配下の参謀達だけでなく、艦橋配置に付いている士官は勿論、水兵と水兵を監督する鬼の下士官達でさえ耳をすませている。

 ブロッカスの決断一つで自分たちの運命が、連合国の運命が決まる。

 衆目の注目が集まる中、ブロッカスは羅針盤を一分程覗き込む。

 報告された情報から、敵艦隊の動き、味方が実行可能な行動、何より自分達、大艦隊がなすべきこと。

 全てに思いを巡らせ沈思黙考した後、ブロッカスは命じた。

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