第219話 赤松達 飛行船航空隊の空戦

「だああっっ! やっていられるか!」


 戦闘第一〇一飛行隊所属の赤松中尉は叫んだ。

 水兵として海軍に入隊したが、訓練あるいは、しごきという名のいじめに嫌気がさして、新設された空軍へ転属していった。

 海軍に比べ非常に合理的で風通しが良く居心地が良かった。

 幸い、パイロットとしての素質があり、合格。すぐさま下士官待遇で訓練を受け、パイロット資格を得ると士官に任命されるという好待遇ぶりだ。

 パイロットには高度な知性と体力が必要であり士官待遇で無ければならない、能力のある人間は厚遇する、という二宮忠弥の方針でパイロットは出身にかかわらず士官としたのだ。

 この厚遇で赤松は空軍が好きになり、命令された戦闘機課程へ喜んで進んでいった。

 戦闘機パイロットとしての適性は良く西部戦線で五機撃墜のエースとなり腕を証明。

 その腕を見込まれて、発着艦が難しい飛行船航空部隊であるへ転属した。

 発着艦もなんなくこなし、カルタゴニアでの航空機動戦にも参加した歴戦のパイロットになっていた。

 短期間で少尉から中尉への昇進もその腕を買われてのことだ。

 ただ、ストレスと消耗が激しい職場であり、そのため心が荒む。

 赤松も例外では無く、銀蠅――ハエのように食料などにたかっての盗み取りや、休暇の時はたんまり貰った手当を遊郭で豪遊して散財するような爛れた生活を行うようになった。

 長い戦争で心が荒むのは仕方なくどのパイロットも大なり小なり似たような者だった。

 そのため、彼らの行動は黙認される傾向にあった。

 だが空では彼らも生き生きと、まるで生まれた時からパイロットのように生き生きしている。

 しかしこの日は勝手が違った。

 何時もなら二時間ほどで母艦に戻れるはずがずっと空で待機だ。

 着艦許可を求めても、弾薬消費が無ければ母艦に戻ることも許されず空中給油だ。

 着艦を拒否され空中急を受けてさらに飛ぶように言われたら叫びたくもなる。


「こっちは冷え切っているんだぜ」


 空は寒い上に時速一〇〇キロで飛ぶため、吹きさらしの操縦席には絶えず風が吹き付ける。

 体を温めるため分厚い飛行服を着た上に、焼酎を持ち込むことを黙認されているが飲み干してしまった――アルコールによって体表面の血管が拡張され余計に熱が逃げやすいため、また判断力低下による事故を恐れる忠弥は禁止していたが、過酷な飛行環境を認め黙認していた。

 愚痴を言っていると飛天から無線指示が来た。


『方位一四〇、距離四〇、高度一〇〇〇より敵機接近。海鷹13は迎撃せよ』

「また仕事か」


 自分の呼称――コールサインである海鷹13を聞いて赤松は愚痴るが、敵機が来たなら仕方ない。

 機首を翻し、敵機の方向へ向かう。

 だが、今回の敵機も偵察機だった。

 単機で飛行していたが、赤松達の編隊を見ると機首を翻して逃げ去った。


「任務完了」


 接近してくる敵機を追い払うのが役目だが戦闘が無いのは、消化不良だ。


「雄飛がいるな、補給させて貰おう」


 赤松は雄飛に近づいて手持ち式のライトを使い発光信号――無線の送信機は重すぎて積んでいない――で給油を求める。

 だが返事は給油用の燃料なしだった。

 他の機体への給油を行いすぎて雄飛の燃料が無くなってしまったのだ。


「なんてことだよ。仕方ねえ。飛天に戻るか」


 赤松は僚機を率いて飛天に戻る。

 だが、戻った途端に緊急通信が入った。


『敵戦闘機多数接近! 近隣の戦闘機は直ちに迎撃に向かえ!』


 次々とコールサインを管制官が読み上げ指定していく。その中には海鷲13もあった。


「畜生め」


 燃料計を確認して残量が半分以上ある事を確認する。

 十分だが戦闘になると消費が激しく心とも無い。

 しかし、命令なら仕方なかった。


「行くぞ!」


 赤松は手近な編隊と組んで直ちに向かう。

 すぐに四機編隊の敵機を見つけて方位を指示すると赤松は突っ込んで空戦になった。

 臨時に組んでいた編隊は、空戦教義に従い、援護のために上空で待機している。

 赤松は指揮官機らしい先頭に狙いを定めて引き金を引いた。

 たちまち火達磨になって落ちていく。

 僚機は、戦闘機パイロットになったばかりの新米少尉で実戦経験が少なく、赤松に合わせて飛び撃つので精一杯で撃墜は出来なかった。

 西部戦線の戦場で揉まれてから母艦航空隊へ配属させるべきではという意見が強かったが、空中空母の増勢により母艦パイロットの不足が予測されたため、新米でも即座に配属して母艦パイロットに出来る手法を確立するためあえて新米を入れるようにしていた。

 確かに数は揃える必要は水兵上がりの赤松も分かるし西部戦線でもパイロットが少なく引き抜き続けるのも難しいだろう。母艦へ直接送り込むやり方はある種合理的だ。

 だが腕が未熟で彼らのバックアップのために赤松達の負担が大きいのも事実だった。

 それでも、新米の僚機は子猫のように赤松の後ろを付いてくる。

 残り三機は指揮官機がいなくなって混乱したが、すぐに仇とばかりに赤松達をを追いかけてくる。

 しかし、最初の混乱で出遅れた上に、上空で援護していた赤松の仲間の二機が被さり更に一機が撃墜された。

 新たに現れた皇国戦闘機を見て目標を変更して追いかける帝国戦闘機だが、態勢を立て直し上昇してきた赤松が横から攻撃を行い更に一機撃墜した。

 残り一機になった敵機は逃げていったが、赤松はその進路上に銃撃を浴びせて逃走を妨害し、大人しくすると僚機に獲物を譲った。

 僚機は弾を盛大にばらまいたが、初めて単独で撃墜した。


「よくやった」


 赤松は手振りで褒めた。

 皇国空軍では、撃墜戦果は一機で撃墜した単独撃墜と二機以上で撃墜した協同撃墜の二種類で分けている。

 撃墜に関わった機数で割りスコアに加算する方式も考えたが、誰がどれだけ貢献したか分からないし、判定しようもないので、撃墜を二種類に分ける事にした。

 戦闘機パイロットの間では単独撃墜こそパイロットの腕の証明として、単独撃墜を競う風潮がある。

 だが、編隊戦闘を重視する忠弥は、協同撃墜の多寡が指揮官として優劣が出ると判断しており、協同撃墜が多い者ほど昇進させる傾向にあった。

 赤松が中尉のままでいるのも単独撃墜を好み突出する事が多いためだ。

 ただ仲間思いのため、今のように獲物を僚機に譲ることが多く単独撃墜スコアを稼がせてやる事が多いので後輩からは慕われていた。

 パイロットの間では単独撃墜数が多いほど優秀なパイロットと見ており、一目置かれるだけに、単独撃墜の機会を与えてくれる赤松は良い上官だった。


「さて弾薬も尽きたことだし飛天に帰るか」


 だが今回は、弾薬を消耗して帰ることも目的だった。

 弾薬を消費しない限り、飛天に戻ってくるなと言われている。

 弾薬をわざと消費して着艦しようという目論見は上手くいきすぐに着艦できた。


「ふう、疲れた」


 機体から下りて食堂に向かった。

 整備して給油して弾薬の補充には一時間くらい掛かる。その間はゆっくり休ませて貰える、はずだった。


「赤松中尉! すぐに出てくれ!」


 熱い味噌汁を飲んでいると上官である飛行長が飛び込んできて命じた。


「今戻ってきたばかりで飛行機の準備が出来ていません」

「予備の機体を整備済みだ。すぐに出て行け。敵機が多数接近している。一機でも欲しいんだ。疲れているだろうが頼む」

「仕方ないですね。たく、人使いが荒いぜ」


 残った味噌汁を飲み込み、握り飯を掴んで一つを食べながら格納庫へ向かう。

 発進準備を終え外に飛び出すと、残りの握り飯を食べている間に迎撃命令が出てきた。


『方位一五〇より敵機四機以上接近。迎撃せよ』

「畜生め」


 赤松は愚痴りながら機体を旋回させて向かわせた。

 接触すると敵機は倍の八機はいた。


「ああ、大丈夫なのかよ。こんなに押されてお終いじゃないか」


 敵機が多いのは仕方ないし対処は出来る。

 だが、これだけ多くの敵に攻め寄せられて勝てるのか赤松は心配だった。


「まあ、そこは二宮のちび親父がなんとかしてくれるか」


 赤松は、愚痴を言うのを止めた。

 文句も言えないほど付かれたのでは無い、敵機を見つけた瞬間ファイターパイロットとしての本能が、興奮を呼び起こしアドレナリンが出てきて、敵を撃墜することだけに集中したからだ。

 新たな敵の増援が出てきても不敵に笑い立ち向かっていった。

 赤松だけではなく、他のパイロット達も同じで、短時間に複数回の出撃と空中給油を繰り返し、疲労しながらも飛び続け、帝国軍の航空機を一機たりとも大艦隊に接触させなかった。 

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