第218話 ベルケの焦りと帝国の優勢

「拙いな」


 本格的な空戦が始まり、改めて戦況を把握し直したベルケは顔をしかめた。

 忠弥のスクリーンは確かに厄介で突破出来ない。

 しかも、撤退する王国巡洋戦艦部隊を追いかけて味方である帝国偵察部隊が自分の眼下を通り過ぎ、忠弥のスクリーンの中に入ろうとしている。


「これ以上西に向かえば艦隊に航空優勢を確保出来ないと伝えろ」

「しかし、敵艦隊を撃滅する好機では?」


 ベルケの命令にシュトラッサー中佐は意見を言う。

 敵の巡洋戦艦部隊を外洋艦隊の全戦力が追撃している。

 数の上で味方が優勢になっており、当初の計画通り敵巡洋戦艦部隊を壊滅させられる好機である。

 海軍兵力で劣勢に立っている帝国には、またとない機会だ。


「忠弥さんが出てきたのが気になる」


 だがベルケは忠弥が出てきたことを憂慮した。

 あの忠弥が、大一番に出てこないなどあり得ない。

 空を飛ぶことが好きで理由も無く飛ぶこともあるが、出て行くときは必ず理由がある。

 それが仲間の生死に関わることなら尚更だ。


「味方の艦隊の撤退援護では?」

「かもしれないが、それにしてはおかしい。撤退援護なら何故皇国の戦闘機隊は味方の巡洋戦艦部隊に合わせて撤退しないんだ」


 疑問を浮かべるが、情報が足りないためベルケは判断できず、断言できなかった。


「とにかく、味方艦隊にこれより先は支援できないと伝えろ」

「わかりました」


 シュトラッサー中佐は同意して、打電した。

 しかし、追撃戦に忙しいシュレーダーは通信を受け取っても無視して追撃を続けた。

 そのため、ベルケは忠弥に阻まれ、艦隊と離された。




「敵艦隊と距離を維持して追撃せよ」


 シュレーダーは距離を置きつつ追随した。

 高速戦艦の主砲を浴びれば、一撃で撃沈される恐れがあるからだ。

 だが、同時に敵の巡洋戦艦部隊を足止めする必要があり、速力を上げていた。

 苦労の末、ようやく高速戦艦の射程外からボロデイルの巡洋戦艦部隊を射程に捉えた。

 再び砲撃が起こり、激しい砲火の応酬が起こる。

 既に二隻を撃沈され数で劣勢になっていたボロデイルの艦隊の砲火は弱っていた。

 高速戦艦は後ろから追撃してくる外洋艦隊主力を抑えようとして後ろにいて、ボロデイル提督の艦隊を支援出来ない。

 王国軍の巡洋戦艦部隊を撃滅できるとシュレーダーは喜んでいた。

 しかし、突如彼の旗艦ヨルクはボロデイルと別の艦隊から砲撃を浴びた。


「第三砲塔大破!」

「機関室被弾、ボイラー二基破損、停止!」


 既に先の戦闘でヨルクは第二砲塔が破壊されていて戦闘力は半分になってしまった。


「何が起きたんだ」


 予想外の事にシュレーダーは声を上げる。

 そして、砲弾がやってきた方向を見る。


「王国の新たな巡洋戦艦です」


 大艦隊主力から増派された三隻の巡洋戦艦だった。


「王国巡洋戦艦部隊の分遣隊か」


 同じ巡洋戦艦だったのでシュレーダーはそう判断した。

 大艦隊が出ていること、巡洋戦艦の一部が主力に編成替えしていることを知らないシュレーダーは、目の前の巡洋戦艦部隊から分離した部隊と誤認した。


「目標変更、新たな敵艦隊だ」


 すぐさま主砲が新たな目標へ旋回する。

 王国巡洋戦艦インドミダブルは、ブロッカス提督の元で厳しい訓練を受けていたこともあり、射撃速度も命中率も良かった。

 ヨルクが反撃してくるまでに四斉射を行い、三二発を発砲。内六発を命中させる驚異的な命中率であった。

 一発はヨルクの機関室に落ちてタービンを破壊。右外側のスクリュー軸を折り、速力を低下させた。

 インドミダブルに座乗していた司令官が、「良いぞ、そのまま砲撃しろ、君達の砲撃はよく当たっている」と手放しに褒めた程だった。

 だがインドミダブルの幸運はそこまでだった。

 ヨルクの主砲は旋回を終えると、直ちに発砲した。

 高性能な射撃指揮装置の正確なデータを元に発砲された砲弾は、正確にインドミダブルの周囲に降り注ぎ、二発がそれぞれ、艦首と艦尾の砲塔を直撃した。

 インドミダブルも王国巡洋戦艦の設計を受け継いでいるため、帝国の主砲を跳ね返すことは出来ず、艦内への侵入を許した。

 そして規定以上に弾薬を搭載していたため、誘爆、一瞬にして爆沈し艦橋の伝令一人を含む五名を残して司令官以下全員が戦死した。

 残った王国巡洋戦艦二隻は自分たちの旗艦が爆沈したのを見て即座に反転、撤退した。

 だが、インドミダブルが被弾直前に放った砲弾はヨルクを捉えた。

 一発が第一砲塔に命中、もう一発が第四砲塔に命中し全砲塔を破壊。

 残りの一発は艦橋の後方に命中し射撃指揮装置を破壊した。


「ヨルク被害甚大です」


 被害報告を纏めた幕僚がシュレーダーに報告した。

 既に多数の被弾で艦橋が破壊され通信設備を失っていた。

 命中せず周囲に落ちた砲弾も水中で爆発し艦首水中魚雷発射管を破壊、浸水を起こしていた。


「全砲塔使用不能、機関も半数が停止し、浸水が激しく、十ノット以上は出せません。通信装置も使用不能です」

「旗艦を変更する」


 シュレーダーは決断を下した。


「司令部は二番艦ヴァレンシュタインへ移乗。ヨルクは駆逐艦を付け可能な限り、母港へ回航させよ」

「は、はい」


 追撃中に旗艦を変更することは通常無い。

 敵を取り逃がすからだ。

 しかし、シュレーダーは艦隊を停止させて、移乗させることにした。

 事実、この機関変更と停止のためにボロデイルは危地を脱する事が出来た。

 そして、前方への進出が遅れ偵察不十分となる。

 このことは後に問題となったが、このあとの事でうやむやになる。

 これまでの攻撃で、全艦が被弾し戦闘力が減じていたのは事実であり、交戦開始から四時間も経ち機関員の疲労も大きかった。

 また、シュレーダーがこの後、戦史に特筆される行動を行ったことで帳消しとなった。

 そして、インゲノール大将も新しく出てきた巡洋戦艦に気を取られ、大艦隊主力が頭から抜けていた。主力との会敵は翌日夜明け以降と予想していた事も固定観念となり警戒を怠っていた。

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