第217話 忠弥の決断
「さて、昴と相原は無事にヴァンガードに降り立ったね」
後方から合流した雄飛が発火信号で二人を降ろしたことを知らされ自分の計画の準備が整い、草鹿中佐と共に海図台に張り付いた。
「この海戦は負けつつあるということでしょうか?」
「いいえ、負けが込んでいると言ったところです」
草鹿は海軍軍人らしく冷静に言った。
「味方は巡洋戦艦を二隻失いました。これは最早取り戻せません。そして味方巡洋戦艦部隊は追撃を受けています。これを助けるには味方の大艦隊主力と合流するしかありません」
「同意する。だが、合流して、帰って貰うわけにはいかないだろう」
「はい、大勝利を手にしなければ、世間は負けと判断するでしょう」
現状でも大艦隊は帝国を封じ込めることは出来る。
だが、世間は二隻の巡洋戦艦を失ったことを以て、連合軍の負けと判断する。
連合国の敗北は敵味方共に士気に大きな影響を与える。
「だから勝たないといけない。そして勝てる方法があるのだね」
「はい」
忠弥の問いに草鹿は自信を持って答えた。
「要は大艦隊主力、その位置を敵外洋艦隊に会敵するまで知らせない事です。我らに優位な態勢で奇襲すれば、大打撃を与え逆転する事が可能です。敵の位置を味方に知らせ、敵に情報を与えない事で可能となります」
「じゃあ、会敵予想地点まで航空優勢を確保出来るか、敵機を一機たりとも通さないことが重要か」
「はい、大艦隊が敵に見つかれば、敵は状況不利を悟り、勝ち逃げするために撤退するでしょう」
「海戦の要諦は敵を逃がさないことか。勝った気になっている敵にリングの中央まで来て貰って集団でボコすというわけだ」
「そういうことです」
草鹿の意見を忠弥は理解したが、草鹿は苦笑した。オブラートに包んでいるが直接的に言い過ぎている過ぎる。だが間違っていないので訂正しなかった。
そして忠弥は尋ねた。
「で? その会敵予想地点は?」
相原と昴を送り出す前におおよその位置を掴んでいたが、最新の敵味方の位置情報を元に改めて位置を草鹿に予測させた。
草鹿は鉛筆を握り海図の一点にバツ印を付けた。
「東寄りだな」
その地点を見て忠弥は顔をしかめた。
東は帝国に近く、ベルケは容易に増援を送り込むことが出来る上に、王国から遠く、忠弥は増援を受けにくい。
「もう少し西にならないか?」
「大艦隊に反転して貰うことは出来ますが、味方巡洋戦艦部隊が追撃を受けています。彼らを助けるために一刻も早く合流しようと大艦隊は進撃するでしょう。我々の要請を受けてもらえるとは思えません」
「相手はあのベルケなんだよな。この地点だと簡単に航空優勢を取らせてくれない」
「司令、それは海でも同じです。王国海軍も一流ですがハイデルベルク帝国海軍も一流です。互いに優勢を確保しようと必死です。会敵地点が西寄りになることはありますまい」
「……そうか」
全力を尽くしているのは何処も同じ。
海だろうが空だろうが全力を尽くしているのは間違いない。
「……分かった!」
忠弥はそう言うと決意し、鉛筆を取り会敵予想地点の東側に一本の線を引いた。
そして命令を下した。
「味方大艦隊主力を敵から隠すため、この線の西側の航空優勢を確保する。会敵予想地点の東側に飛天を向かわせろ! 全航空機発進! 航空優勢を確保しろ! 飛び続け敵を見つけ出せ。弾薬補給と被弾以外で帰ってくるな。給油は空中給油で行い常に空中待機。雄飛も出して航空隊への空中給油を行いスクリーンを維持させろ。敵の飛行船一隻、偵察機一機たりとも通すな、味方大艦隊主力を敵に発見させるな!」
忠弥の指示が飛び、味方の空中空母にも指示が飛ぶ。
艦載機が続々と発進し、正面に戦闘機隊が展開していく。
空中の一角で赤い炎が上がった。
空中戦が始まり、どちらかが撃墜されたのだろう。
「空中待機中の一個小隊四機を送れ、増援だ。新たな待機の機体を上げろ」
ブリッジ真上の管制室で管制官達が見張からの報告を受けて指示を飛ばす。
敵機の発見、優勢の維持、味方機の給油、機体状況の管理。
その全てを彼らは行っていた。
「空中のスクリーンを維持しろ。撃墜されるな。撃墜しなくても飛び続けるだけで相手へのプレッシャーになる」
飛天のブリッジで忠弥は指示を出し続けていた。
「後方に味方の空中空母です。集結命令を受けてやってきてくれました」
「よし、更に東に向かう。敵から少しでも味方艦隊を離すんだ」
不利は承知だったが少しでも敵を遠ざけようと忠弥は東に飛天を進ませる。
やがて飛天はボロデイル提督率いる巡洋戦艦部隊の上空にまで進出。
本格的にベルケの戦闘機隊と戦う事になる。
それでもベルケの偵察機と飛行船が王国大艦隊主力へ接近し、発見されないように戦闘機でスクリーン――防御線を作り上げていた。
当然燃料の消費も激しいし、機体も搭乗員も消耗している。
飛行機は飛んでいるだけで消耗する存在なのに常時飛ばしているのは、過酷だ。
撃墜が無くても消耗して破棄される機体が出ても不思議ではない、いや必ず出ると忠弥は確信していた。。
だが、味方艦隊の情報を敵艦隊に教えてはならないので、維持しなければならない。
消耗は承知の上であり、それだけの損害が出てもやり遂げる価値はあると判断していた。
そして、その努力は報われようとしていた。
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