第216話 空からの使者
乗艦してきた相原と昴にブロッカス提督は要件を尋ねた。
「敵艦隊と味方の状況をお伝えに参りました」
相原の言葉に表情を変えなかったがブロッカスは心が動いた。
ブロッカスが今一番欲しい情報を彼らは持ってきたのだ。
「正確なのか?」
「はい、先ほど直接見てきました。間違いありません」
忠弥は、幾度も戦闘機を押し出してベルケの戦闘機隊、特に燃料を消耗させた。
燃料切れで戦闘機の活動が鈍った瞬間を狙い、戦闘機を投入し突破口を作り上げた。そこへ昴と相原の乗った偵察機を送り出した。
偵察機は、見事ボロデイルが挟み撃ちにされているところへ接触し、情報を雄飛に持ち帰った。
そして、その情報を携えて相原はヴァンガードへ赴いたわけだ。
「この後も飛天から情報がもたらされる予定です。その情報を受け取るために我々が派遣されてきました」
「敵艦隊の位置情報が手に入るのか?」
「はい。少なくとも、この近辺の海域の制空権――上空の制圧に関しては責任を持てると二宮大佐は自信を以て宣言しています。敵が大艦隊主力上空に来ることはありません。また、敵に情報が渡ることが無いように偵察機もできる限り抑えると司令は言っております」
ボロデイル提督はベルケを気にすること無く進撃し、見つかってしまった。
結果、位置を通報され帝国外洋艦隊の挟み撃ちを受けた。
その時はベルケの戦闘機のバリアーが厳しくて忠弥は排除することが出来なった。
しかしベルケが燃料不足で後退、主力がまだ忠弥が制空権を確保している海域にいたため、帝国航空部隊の排除に成功。
一時的ながら制空権を確保していた。
「話を聞こう」
ボロデイルは相原から敵艦隊の情報を聞いた。
「ボロデイル提督は敵の外洋艦隊主力と接触。現在、追撃されています」
「外洋艦隊主力と接触だと! 馬鹿な! 主力は母港にいるはずじゃ」
話を聞いていた参謀長が狼狽した。
「恐らく、灯台船と符丁交換を行ったのでしょう。位置を偽装して主力が出てきたのです。現在、ボロデイル提督は大艦隊主力、我々に向かって撤退中です」
「敵が我々も見つけ奇襲する可能性があるな」
「いえ、それは有りません」
相原は断言した。
「我々はこの海域の航空優勢を確保した事から王国の大艦隊は未だに帝国軍には発見されていません。我が司令はこの海域の航空優勢を、大艦隊主力が敵に発見されないよう努めると言っております。敵に見つからないよう接触することが出来ます」
「そんな事が出来るのか」
「敵は味方を追撃中です。救援するには接触する必要があるでしょう。その時非常に有利な状況で海戦を行えます。少なくとも敵の航空戦力に見つからず接近する事は可能です」
「本当なのか?」
「信じて貰えるかはあなた方次第です。少なくとも我々は敵の航空機を排除し王国艦隊を支援する用意は出来ています」
「しかしだな」
「もう! 疑り深いわね!」
疑っている参謀長に昴は叫んだ。
「私たちは命がけで、絶対に行うと言っているの! 決して連中を通すことなどしないわ。だから信じなさい!」
たかだか大尉でしか無いが、昴の単価は忠弥を絶対的に信じているだけに迫力があり参謀長は反論できなかったし、相原も止める事は出来なかった。
その様子をブロッカス提督は見ながら考えた。
「参謀長、このまま進撃する」
「よろしいのですか?」
「ボロデイルを助けるため敵と交戦する必要がある。敵と接触する時に優位な状況で迎撃出来るなら願ってもない」
味方を敵が、それも主力が追撃中なら助けなければならない。
ボロデイル提督個人の能力に問題はあるが、彼の指揮下にある戦力を潰すことは出来ないの。
だから大艦隊主力が出て行って、外洋艦隊を追い払う必要がある。
その時、敵と接触する。
もし敵が大艦隊を見たら劣勢を悟りすぐに撤退するだろう。
だが、この霧に紛れて接近し、優位な態勢で攻撃することが出来れば敵に、それも戦力で劣勢な敵に優勢な味方戦力を率いて有利な態勢で奇襲を掛けることも可能である。
海戦は海という遮蔽物の無い見通しが良い場所で行われるため、互いに発見すると優劣がはっきりするので劣勢な側はすぐに逃げに入り、戦闘となる事は少ない。
だが相原と昴という二人の将校が進言したとおり、敵味方の位置情報を教えてくれるなら、優位な自分たちが優位な状況で戦う事が不可能ではない状況だ。
以上の事を勘案してブロッカスは決断を下した。
「彼らの偵察報告に従おう」
「了解しました」
「よし、それと参謀長、海軍本部いや全王国に打電。艦隊戦切迫せり。無線封止は一時解除する。かかれっ」
「はっ」
背筋を伸ばした参謀長は、すぐに通信室へ駆け込んでいった。
無線封止を破ることになるが海戦は回避しようが無く、陸上へ報告する必要があった。
また短時間の一方的な発信なら位置を特定され難いので電波発信を許可した。
「全王国へ打電するなんてやり過ぎじゃない?」
話を聞いていた昴は首を傾げた。
サイレントジャックと言われても自己顕示欲を隠せない人物に見えた。
だが、相原が誤りを指摘する。
「只今の電文は、艦隊戦を行うので、その後の事を頼むという意味です」
「どういうこと、です?」
一応、階級が上なので昴は、言葉を正して尋ねる。
「損傷艦をすぐ修復出来るようドックを空け、負傷者を治療するために病院のベットと手術室を空け、消耗した弾薬燃料を補充できる手配を行うようにという電文です。王国は伝統ある海軍国ですから、そのような事に関して整っているのです」
相原の言葉に昴は背筋が痺れた。
ブロッカスは敵艦隊との艦隊決戦を――自らも損害を受ける覚悟の上で決断し、その決意を自らの所属する王国に伝えたのだ。
事実、ブロッカス提督の電文を受け取った王国の各部署は海戦後、帰ってくる大艦隊を収容するべく準備を進めていた。
「ミスタ相原、ミス島津」
話し込んでいる二人にブロッカス提督は声を掛けた。
「何でしょうか?」
「丁度我々はティータイムをしていたところだ。君らも参加して貰えると嬉しい」
「喜んで」
相原は了承した。
艦長もしくは司令官のお願い――最高権力者の実質的な命令を断ることなど、乗船してる者には出来ない。
それにティータイムに招かれるのは光栄なことであり、仲間として認められたという事である。
相原と昴はティーカップを受け取り、通信室から戻ってきた参謀長と共に提督達とティータイムに加わった。
間もなく、外洋艦隊主力と接触し戦闘となるだろう。
敵艦隊と接触次第、ティータイムを終わらせ戦闘態勢へ移行しようとブロッカス提督は考えていた。
しかし、ブロッカス提督は意外と長い時間、待たされることになる。
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