第215話 ティータイム

「ボロデイルからの報告はまだか?」

「まだありません」


 独立旗艦ヴァンガードの露天艦橋でブロッカス提督は参謀長に尋ねた。

 普段は殆どしゃべらないのに、あえて尋ねているのはブロッカスが焦っている証拠だった。

 配下の巡洋戦艦部隊が戦闘を始めたことは、通信報告で聞いている。

 だがボロデイルのウッカリで、それ以上の情報――正確な敵艦隊の位置、速力、編成、陣形がなく主力がどう対応すべきか判断がつかない。

 問いかけようにも無線封鎖しているため――電波の発信で敵に大艦隊主力の位置を知られたくなかったからだ。


「いかがなさいますか? 無線封鎖を解除して問いかけますか?」


 参謀長はボロデイルに尋ねた。


「敵に我々の位置を知られたくない。無線封鎖は続行、艦隊はこのまま航行する。だが指揮下の巡洋戦艦三隻を先行させ、敵艦隊の捜索およびボロデイルの支援を行え」


 主力に随伴している巡洋戦艦三隻を速力を生かして先行させ偵察と報告をさせることにした。


「それとティータイムにしよう。各艦に許可し給え」


 一通りの指示を出し終えた後の唐突なティータイムの許可に参謀長は戸惑った。

 呆然とする参謀長にブロッカス提督は言った。


「何を驚いている? 戦闘前のティータイムは王国海軍軍人の権利であり義務だ。王国海軍良きの伝統だろう」


 たしかに戦闘前にティータイムを行うのは王国海軍の伝統だった。


「ですが、まもなく敵と接触します」


 だが、戦闘前のティータイムは敵を発見してから戦闘が始まるまでの時間がかかる時代に出来た伝統だ。

 敵の位置が分からず何時敵が現れるか分からない緊迫した現状で行うべきだろうか、と疑問に思った参謀長は焦っていた。

 しかしブロッカス提督は参謀長を落ち着かせるように、ゆっくりとした声でいった。


「この後、我々は忙しくなるだろう。穏やかな今のうちに、艦隊全員の心も体も休ませておこう」


 ブロッカスは、敵との戦闘が近いと考え、各艦に少しでも食事をとれるように、この後の長時間の戦闘を戦い抜けるように今のうちに、休ませることにしたのだ。


「了解、各艦に伝えます」


 ようやく得心のいった参謀長は艦隊にティータイムの許可を出した。

 文字通り、この後死闘が待っている。それも長時間にわたって戦う事になるだろう。

 その緊迫感が各艦に伝わり主力の乗員達はティータイムの配給品を胃の中にかき込んでいった。

 ブロッカス提督にも従兵が提督好みの紅茶を淹れ、ジャムの入ったスコーンとキュウリのサンドウィッチを用意し、準備を進め提督の前に出された。

 だが、ブロッカスのティータイムは予想外の客の来訪で中断される。


「上空に飛行船!」


 ブロッカスが一杯目の紅茶に口に付けたところで、見張りが叫んだ。


「皇国の飛行船雄飛です!」


 識別信号を出して接近する雄飛は発光信号で連絡する。


「皇国空軍の連絡将校を送るので受け入れて欲しいとの事です」

「どうやって乗艦させるつもりでしょうか」


 現在艦隊は小隊横陣――四隻一組の小隊が縦に並び、それが七列並んでいる。

 この状態で停止しようものなら陣形が乱れる。

 敵が近いのに、隊列を乱すのは混乱の元であり、敵に襲撃されたら負ける。

 だが、雄飛は、徐々にヴァンガードに近づく。

 そして、マストに近づくとロープを下ろした。


「そのロープを掴め」


 ブロッカスが命じると、甲板の水兵達がロープを掴んだ。

 固定されたのを見た雄飛から二人の士官がロープを伝って、ヴァンガードへ降りてきた。

 二人が降りると、彼らが命令したのだろう水兵達はロープを放し、雄飛はロープを回収して上昇していった。

 暫くして降りてきた二人がブロッカス提督の元へやってきた。


「皇国空軍相原中佐と島津大尉であります。乗艦許可を」

「許可します。ようこそ大艦隊旗艦に」


 露天艦橋に上がり敬礼する相原と昴にブロッカスは答礼し、二人を迎えた。


「それで、君たちが空から海に下りてくるほどの要件は何かね?」


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