第214話 外洋艦隊主力接触

「何が起きた」


 突然の攻撃にシュレーダーは双眼鏡を向けつつ言う。

 殿のプリンツ・アルベルトが被弾。爆沈はしていなかったが、大きな損害を受けていた。


「王国軍のウォースパイト級高速戦艦が接近してきます!」


 王国軍の更に後方から新たな戦艦――巡洋艦並みの二五ノットの高速とこれまでの戦艦を越える一五インチ砲を搭載し同等の主砲に耐えうる防御力も兼ね備えた高速戦艦という新艦種。

 そのトップバッターとしけて建造された最新鋭艦ウォースパイト級。

 それも五隻全てが接近してきた。


「増援か」


 苦々しくシュレーダーは言うが、実際は違った。

 最近になって配属された高速戦艦五隻をボロデイル提督が禄に意思疎通――訓練は勿論、新たな部隊指揮官との打ち合わせさえ行っておらず、高速戦艦部隊が巡洋戦艦部隊に遅れていたためだ。

 そして今になってようやく追いつくことが出来たのだ。


「状況不利か」


 敵の新たな戦力が来て、戦況が一変したことをシュレーダーは悟った。


「主力と合流を急ぐぞ」

「長官、シュトラッサー中佐から通信です」


 幕僚が通信室がたった今受診した通信文を持ってきた。

 電文を読んだシュレーダーは直ちに命じた。


「針路変更! 全艦東北東へ向かえ!」




「敵が退いていくぞ! 我らに恐れをなしたようだ」


 ボロデイルは進路を変更して離れていくシュレーダーの巡洋戦艦部隊を見て、自分の艦隊の攻撃に恐れをなしたとみて叫んだ。


「直ちに追撃だ。全艦全速で追いかけろ」


 敵艦隊の変針に合わせてボロデイル提督は進路を変更し向かわせた。

 だが、幕僚はその動きに不安を感じた。

 敵であるシュレーダーの巡洋戦艦部隊は東北東、北寄りの針路を取っている。

 敵の母港は西南西の方角であり、逃げ帰るなら南寄りの針路を取るはず。

 南側に我が艦隊がいるのだから仕方ない部分もあるが、それならば真西に向かえば良い。

 あえて北寄りに進路を取るのが不可解だった。


「霧が出てきたぞ、見失わないように注意しろ」


 寒気が流れ込んでいるためか、霧が立ちこめ始めている。

 視界は急速に悪くなり、十海里から急速に悪くなっている。

 本来なら一二海里以上、高いマストや黒い黒煙を高々と噴き上げていたら、二四海里以上の距離から敵を発見できる。

 しかし、霧のために見通しが悪い。

 突然、敵艦隊が現れたらどうするべきか、警戒すべきだと提督に言うべきだと幕僚は思った。

 しかし、気分が良いボロデイル提督に進言するのは、気分に水を差し、叱責されるのを恐れたため幕僚は、言わなかった。


「行け行け! 敵を逃すな!」

「右前方に黒煙多数! 艦影らしい!」


 ボロデイル提督が叫んでいると見張員が報告する。


「どうせ水雷戦隊だろう」


 情報部での報告はボロデイル提督も受けており、外洋艦隊の主力は母港に留まっているはずだ。

 旗艦が出撃したという報告はなく、相変わらず母港から無線を発信していると聞いている。

 東の方角から現れたことから味方では無く敵だが外洋艦隊主力のはずが無かった。

 纏めて叩き潰せるとボロデイル提督は考えていた。


「船影確認……外洋艦隊総旗艦ヴィルヘルム・デア・グロッセです!」


 悲鳴のような絶叫と共に報告すると、司令部を恐怖のどん底に陥れた。


「馬鹿な! 見間違いだろう! ヴィルヘルム・デア・グロッセがここにいるはずが無い! 小型艦と見間違えているのだろう! 確認し直せ!」


 ボロデイル提督は罵声を浴びせ、再確認させるが、報告は訂正されなかった。




「敵、巡洋戦艦部隊発見!」


 インゲノール大将は、目の前に現れた王国軍巡洋戦艦部隊を見て、笑みを浮かべた。


「シュレーダーは上手くやってくれたようだ」


 作戦が遅延していたが、想定通り、王国巡洋戦艦部隊を引っ張りだし、北のシュレーダーの巡洋戦艦部隊と挟撃できる。


「シュトラッサー中佐の通信のお陰ですな」

「ああ、全く、大した物だよ」


 参謀の言葉にインゲノールは同意した。

 霧で見えない中、飛行船からの航空偵察報告で味方の巡洋戦艦の位置を把握。直ちに急行できた。

 シュレーダーも挟撃しやすいように敵を誘引するべく北へ変更。敵艦隊は、それに釣られて北に進路を変更、奇襲することが出来た。

 今回の殊勲は飛行船部隊だった。

 彼らがもたらした情報を活用し戦果をあげるべくインゲノールは命じた。


「各艦に通達、準備出来次第、発砲せよ」

「ヤボール、ヘル・アドミラル! 射撃開始します! 砲術長! 撃ち方始めっ!」


 先頭を走るヴィルヘルム・デア・グロッセの主砲が火を噴き、ボロデイル提督の艦隊に攻撃を加え始めた。

 さすがに、外洋艦隊主力と巡洋戦艦部隊の挟撃を受けては、外洋艦隊出撃の事実を受け入れざるを得ない。

 数の上からして不利でありボロデイル提督は撤退を命じた。

 挟撃されながらも、一斉回頭――全艦一斉に同じ方向への進路変更を命じ、艦隊が反転し撤退したのは見事としか言いようがなかった。

 だが、新たに編入された高速戦艦部隊はまたしても信号を見落とし、暫く直進したた。

 そして、ボロデイル提督の撤退と敵に突出している事を知ると、慌てて順次回頭――旗艦に後続して進路変更した。そのため、反転に時間が掛かり、その間外洋艦隊の射程内にいたため砲撃を浴び続けた。

 ただ、帝国の軍艦は、防御を重視しているため、軽量化のために主砲は王国より小型の主砲を積んでいる。そのため威力が小さく戦艦並みの防御を持つ高速戦艦の装甲は破られることはなかった。

 偶然ながら高速戦艦が突出し標的になければボロデイル提督の艦隊は、外洋艦隊の砲撃を浴び続け更に被害を拡大していただろう。

 高速戦艦部隊は反転を終えると北上し始めたボロデイルの後に続いていった。


「全艦追撃する」


 なおも撤退する敵艦隊を追撃するようインゲノール大将は命じボロデイル提督を追いかけ始めた。


「王国本土に近づきますが」

「夕暮れまで追撃する。敵を撃滅できるのは今しかない」


 部下の忠告にインゲノール大将は答える。

 大艦隊主力がやってくるのは明日の夜明けとインゲノール大将は判断しており、その前にボロデイル提督の艦隊を撃滅しようと追いかけ始めた。

 そのため何の疑いも無く北上をはじめたのだが、王国巡洋戦艦部隊の針路が彼らの母港とは違う方向であることに気がつかなかった。

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