第213話 巡洋戦艦

 インヴィンジブルを襲った砲弾は砲塔の無きに等しい紙装甲を打ち抜き砲塔内部へ侵入、揚弾機に当たって爆発した。

 爆炎は周囲にあった弾薬と装薬を延焼させ、砲塔に配置されていた海兵隊員を軒並み死傷させた。

 帆走船時代から艦内警備、接舷及び上陸戦闘を主任務とする王国海兵隊。

 その長い伝統故、遠距離砲戦の時代になって接舷戦闘がなくなっても乗艦し続けている精強な海兵隊員も数十キロの爆薬が起こす爆風の前には肉片となるしかなかった。

 彼らの指揮官であり砲塔長である海兵隊少佐も即死こそ免れたが、致命傷を負っていた。

 しかし彼は、死ぬまでの数十秒の間に弾薬庫への注水弁バルブを解放。

 火災を起こしていた弾薬庫に海水を注水しそれ以上の誘爆を防いだ。

 砲塔長の命と引き換えに、インヴィンジブルは爆沈を免れ、多くの乗員を助けた。


「砲塔一つ失うとは何をしているんだ。王国海軍軍人精神が足りん」


 どれほど幸運か知らないボロデイル提督は砲塔使用不能と聞いて、戦闘力低下を嘆いて暴言を吐いた。

 だが、他の艦はインヴィンジブルほど幸運では無かった。

 インヴィンジブルに続く二番艦のイラストリアスは、艦首の第一砲塔に被弾、弾薬庫に直撃し誘爆。爆風は薄い隔壁を突破し第二砲塔の弾薬庫も誘爆させ、全艦に爆風が到達。

 後部砲塔の弾薬庫にも引火し、一瞬にして消え去った。

 生存者は運良く爆風で吹き飛ばされ海面に投げ出された水兵二名のみで千名以上の乗員が戦死した。

 さらに、五番艦インフレキシブルは三発が命中。艦尾と機関室が損傷し速力低下のため戦列を離脱。列外へ出たところへ更に二発の砲弾が命中。

 内一発が中央部の第三砲塔弾薬庫で爆発。

 搭載していた弾薬が一斉に誘爆し、巨大な爆発は船体を切断。

 一瞬にして轟沈した。

 王国の巡洋戦艦部隊も砲撃を行って命中弾がようやく出始めていたが、命中弾を出しても砲塔を一つ、破壊されただけで七隻の帝国軍巡洋戦艦は砲撃を続け戦闘力を維持し続けた。


「今日のわが艦隊は、一体どうなっているのだ。何か変だぞ」


 海戦が始まってすぐに配下の巡洋戦艦二隻を失ったボロデイル提督は隣にいたインヴィンジブル艦長に言った。

 後日ボロデイル提督に批判的な一派から無責任だと批判される発言だった。

 確かに無責任だが、幾分かは彼の責任では無い。

 王国が生み出した巡洋戦艦は、戦艦並みの船体に戦艦の主砲を搭載し、巡洋艦並みの高速を出し、巡洋艦以下の艦艇に高速で追いつきアウトレンジで撃破することをコンセプトにした軍艦だ。

 だが、攻撃、防御、速力はトレードオフ――ゲームのパラメーター調整のようにどれかを上げようとすると他が下がる。

 戦艦の攻撃力を維持したまま、速力を上げようとしたため、結果防御力が低下――ほぼ無装甲となってしまった。

 巡洋艦の砲撃ならば耐えられたが、巡洋戦艦以上と戦うには防御力が皆無だった。

 戦艦は自分の主砲を受けても耐えられる防御を持つとされていたが、王国の巡洋戦艦は自分の主砲にさえ耐えることが出来ないのだ。

 結局のところ巡洋戦艦は巡洋艦以下をアウトレンジで撃破するため、弱い者虐めのための艦であり、正面から艦隊決戦を挑めない艦だ。

 巡洋戦艦を考え出した王国海軍本部のコンセプトミスだが、巡洋戦艦の弱点を理解せず決戦を決断し実行させたボロデイル提督にも非がある。

 いくら提督でも、会社員と同じで配属された部署、役職において与えられた部下、装備を活用して成果を上げなければならない。損害を与えるなど以ての外だ。

 それをボロデイルは怠り、結果、味方を失った。

 しかも、ボロデイルは前回の戦闘で弾薬切れにより敵を逃がしていた。そのため戦闘中の弾薬切れを恐れて規定量より多い弾薬を搭載させた結果、弾薬庫の外にも弾薬が放置され、危険な状態だった。

 さらに射撃速度を上げるために、搬送時のみ開くべき防御扉を砲員達が規定を無視して常に開放していたため、爆炎が容易に弾薬庫に到達してしまった。

 帝国の場合は、規定を守っている上に、射撃速度の低下を甘受して、燃えやすい装薬を防火のために砲塔に入れるまで金属ケースに入れて保管し安全を確保していた事もあり、被害を少なくしていた。

 このような配慮の差が主力艦を損失するか否かを分けた。

 しかしボロデイルの戦意は衰えなかった。


「左二点回頭。敵艦に接近せよ」


 距離を詰めて砲撃を浴びせようとする。

 射撃速度は上だったが、中々命中弾が与えられない。

 そして命中弾が出ても、敵艦の被害は少なかった。


「何故だ。何故連中は攻撃を続行できる」


 砲塔に命中しているのに、王国巡洋戦艦のように爆沈しない帝国巡洋戦艦にボロデイルは徐々に焦り始めた。




「各艦被弾はありますが、戦闘可能です」

「我が艦隊は堅いな」


 幕僚の報告にシュレーダーは満足する。

 洋上を見ても各艦多少の損害はあれ、戦闘を継続している。

 帝国巡洋戦艦は、海軍力で王国に劣勢であることを正しく認識した帝国海軍上層部が、艦は沈めば無力化されるが、浮かんでいれば修理による復帰が可能であり戦力となる、という真っ当な考えの下、沈みにくい艦を設計し建造した。

 それは防御力が低い巡洋戦艦も同じで、装甲を王国より厚くし、艦内区画をいくつも別けて、被弾あるいは浸水しても被害が最小限になるよう、他の区画へ被害が及ばないように設計されていた。

 そして先にも述べたとおり装薬の扱いも専用ケースに入れるなど慎重を期して誘爆を防いでいた。

 更に、王国と違い規定が厳格に守られており防御扉の開放は搬送時のみ、それも二重になっていて片方が開放されている時もう片方を閉じることを厳格に行っていた。

 そのため王国の巡洋戦艦に比べて打たれ強い。

 攻撃力は防御力に持って行かれたため王国の一二インチ砲に対して小型の一一インチ砲しか積んでいない。だが、巡洋艦並みの防御力しか無い王国巡洋戦艦を撃破するには十分であり、事実既に二隻沈めていた。

 数も七対五と帝国優位に進んでいる。


「敵艦も接近している。このまま一気に押し潰すぞ」


 絶好と言える状況から艦の性能を生かして圧倒している。このまま行けば王国の巡洋戦艦部隊を壊滅できると考えた。

 だが、何時までも運はシュレーダーの方には吹かなかった。

 突如、偵察部隊最後尾の艦プリンツ・アルベルトが艦首で大爆発を起こした。

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