第212話 ハイデルベルク帝国海軍外洋艦隊偵察部隊

 ハイデルベルク帝国海軍外洋艦隊偵察部隊は、巡洋戦艦七隻で編制された偵察部隊だ。

 王国海軍の巡洋戦艦と同じく高速で進撃し偵察を行い、巡洋艦以下の艦艇を掃討するのに適している艦種であり、偵察部隊は同じ任務を与えられている。

 今回の出撃では王国艦隊を発見するように命じられ、主力に先んじて進軍していた。

 敵艦隊と出会わなければ王国本土を艦砲射撃し、王国艦隊を引きだし、主力まで誘引するよう命じられていた。

 偵察部隊司令長官シュレーダーは、その任務を果たそうとしたが、ボロデイルの巡洋戦艦部隊を発見したのは彼の艦隊ではなく、空の援軍だった。


「間違いは無いのか?」


 偵察部隊旗艦である巡洋戦艦ヨルクの戦闘艦橋でシュレーダーは報告を持ってきた幕僚に尋ねた。


「電文はシュトラッサー中佐の飛行船部隊からの報告です。彼は海軍出身なの正確に観測を行っているはず。ほぼ間違いは無いかと」


 戸惑いながらもシュレーダーの幕僚が報告する。

 彼らが困惑しているのは数分前入電した飛行船部隊から王国大艦隊、巡洋戦艦部隊の位置情報だった。

 しかし配下の偵察部隊の視界以外の情報であり、シュレーダーは容易には信じられなかった。


「本当なのだろうか」


 情報が正確であれば敵に対して優位な位置で戦える。

 だが間違っていれば、不利な情勢で戦う事になりかねない。

 信じるべきか、無視するべきかシュレーダーは考えた。

 空戦中で混乱している最中の報告であり、誤認している可能性もある。


「艦隊進路を北西へ、敵を南側へ追い込む。駆逐艦と巡洋艦を南から西を通って北に展開し、索敵範囲を広げろ」

「了解」


 シュレーダーは報告を信じ、敵艦隊に少しでも優位となるよう北側に位置することにした。

 念のために、索敵範囲を広げ見落としが無いようにするが、通常の作戦行動の範囲だ。

 暫くして、南西に向かった駆逐艦から報告が入った。


「敵艦隊発見! 王国海軍巡洋戦艦部隊です」

「見つけたか!」


 信頼する配下の報告にシュレーダーは驚く。

 本当に見つかるとは思っていなかったからだ。

 更に正確な情報が次々ともたらされて、海図に書き込み、情勢が分かっていく。


「長官」


 黙り込む長官に幕僚が尋ねる。

 戦うか否か、尋ねているのだ。

 敵は巡洋戦艦七隻、高速戦艦五隻。

 自分の指揮下にいるのはは巡洋戦艦七隻のみ。

 数では敵の方が優勢だ。

 だが、外洋艦隊主力戦艦二〇隻と共に攻撃すれば撃滅できる。


「攻撃だ」


 シュレーダーは決断した。


「命令通り、敵を攻撃し主力に誘引する。針路変更、取り舵、敵艦隊と距離をつめ、敵艦隊の北東に位置しつつ、主力へ向かう」

「了解!」


 幕僚は直ちに指揮下の艦艇に指示を下した。

ヨルクに続いていた巡洋戦艦六隻が後に続き南東に向かう。

 暫くして先頭を進んでいたヨルクの前方に、林立する黒煙が見えた。


「敵艦隊発見!」


 直に目にしても帝国巡洋戦艦部隊の驚きは大きかった。

 まさか水平線の向こうの敵の位置を新設の飛行船部隊が正確に伝えてくるとは思わなかった。

 敵に対して優位に戦える。

 それも最善と言える状況で戦える事に驚いた。


「戦闘!」


 動揺というより戸惑う艦橋にシュレーダーの声が響いた。


「敵の針路を遮る! 針路東南東! 右砲戦! 射程に入り次第、各艦打ち方始め!」

「了解!」


 各艦に指示が伝わり、全艦は距離を詰めつつ攻撃準備を進める。

 そして敵艦までの距離一万四千に迫ると、ヨルクの主砲が火を噴いた。




「北東から敵巡洋戦艦部隊だと」


 王国巡洋戦艦部隊司令長官ボロデイル提督は、驚いた後、苦々しい表情を浮かべて報告を聞いた。

 西風のため、自分たちの放つ砲煙が敵艦の姿を隠す。

 そして夕日を背にしているため、敵艦からは自分たちの姿がくっきりと見える。


「怯むな! 見敵必殺こそ王国海軍のモットーだ。敵を前に臆するな。針路東南東、後続艦に伝達、我に続け! 準備出来次第、砲撃開始!」


 同航戦に持ち込むため、ボロデイル提督も旗艦インヴィンジブルを先頭に艦隊を東南東へ進撃させ、左に敵艦を視界に収める。

 ヨルクの主砲が発砲されたのは丁度、その時だった。

 インヴィンジブルの周囲、左右両舷の海面に水柱が林立する。

 被弾は無かったが、それが何を意味するのか、見ていた人間は理解していた。


 夾差


 敵が完全に自分たちの艦――インヴィンジブルを照準に入れた、当たる場所に狙いを定めた、ということだ。

 このあと、命中弾が来るのは最早、確率論の問題だ。


「怯むな! 砲撃開始!」


 ボロデイルが命じた直後、インヴィンジブルが砲撃を開始。

 だが、初弾ということもありデータが揃っておらず、狙いははずれ砲弾はヨルクの遙か遠くに弾着する。


「打ちまくれ! なんとしても敵を撃滅するんだ!」


 大砲の向きを変えながら、最適なデータを求めるため打ちまくる。

 一方、ヨルクは帝国製の高性能な射撃式装置により、誤差の少ないデータを元に精密な射撃を行う。

 第二射は少し外れたが、すぐさま修正。

 そして修正したヨルクの第三射の内一発がインヴィンジブルの船体中央にある第三砲塔に命中した。

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