第211話 電鍵

「敵飛行船カルタゴニアが味方艦隊と接触しました」

「これでバレたな」


 飛天のブリッジで忠弥は報告を受け、ため息を吐いた。

 空戦中の海域に味方艦隊が入ったら、敵に位置を知られて迎撃されてしまう。

 いくら数で優勢でも不利な状況で戦えば、負けてしまう。

 空戦中の戦闘機からならある程度ごまかせるが、飛行船から見られたら、正確な情報を知られ、強力な無線機で通報されてしまう。


「こちらも敵艦隊の位置を知りたいところだが、ベルケが手強い」


 少ない機数でベルケは効率よく戦っている。偵察を行いたいがベルケの戦闘機隊に阻まれて飛行船は勿論、偵察機を出せない。

 忠弥の側は数で勝っているが、数が多すぎて部下を纏めきれない。

 攻撃に出すべきか、燃料の給油が必要なのか、被弾して修理が必要なのか、弾薬切れを起こしているのか、分単位で変わる状況に指示を出し切れない。

 狭い飛行船の船内では、指揮能力に限界が来ていた。

 地上なら、広大な施設を用意できるが、重量制限のある飛行船では、大きな設備など無理だ。

 まとまった数の戦闘機をぶつけて突破し、敵艦隊の位置を索敵したいが、ベルケが許してくれない。

 今後の課題だな、と忠弥は思った。


「しかし、敵外洋艦隊主力は出ていません。母港に留まっているようです」


 相原がいった。

 忠弥の部隊も複数の飛行船と地上施設を使い、帝国外洋艦隊の位置を探っていた。

 今朝偵察した敵母港から動いていない、と判断していた。


「いや、動いているようです」


 だが飛天艦長の草鹿が否定した。


「どうして敵外洋艦隊が動いていると言えるのですか? 符丁と位置は変わっていないでしょう」


 同じ中佐だが、草鹿の方が先任――先に昇進しているのと海軍での勤続年数が長いので相原は丁寧に草鹿に尋ねる。


「電鍵の叩き方が違う」

「電鍵?」


 草鹿の言葉に相原は首を傾げる。


「俺の専門は水雷で、通信も所管しているんで知っているんだが、電鍵のたたき方には個性が出る」


 モールス信号は短点であるトン、長点であるツーの組み合わせと間合いで通信する方法だ。

 相手が聞き取りやすいように発信者は癖無く打つように訓練されているが、人間が打つ以上、個性が出てくる。

 それは個人の筆跡と同様に特徴が出ている。

 例えば短音と長音の間が不必要に空いたり、特定の文字だけやたらと短い、もしくは長い時間を掛けて打つなどだ。


「その癖を覚えておけば、通信担当者の所属からどの艦、あるいは部隊が発信したか、符丁を確認しなくても分かる。念のためにヴィルヘルム・デア・グロッセの通信を幾度か聞いているが、昨日の夕方あたりから叩き方が変わっている。転属の時期でもないし、担当者が交代した訳でもなさそうだ。そして、似たような叩き方をしている担当者がいないか確認したら、敵母港近くの灯台船ホルストの通信担当者だった」

「まさか……」

「ヴィルヘルム・デア・グロッセとホルストは符丁を交換している。ヴィルヘルム・デア・グロッセは出撃している可能性が高い」

「外洋艦隊が出撃していては王国巡洋戦艦部隊のみが単独で進出すれば撃破されてしまいます」


 王国巡洋戦艦部隊は巡洋戦艦七隻、高速戦艦五隻がいる有力な艦隊だ。

 だが外洋艦隊主力は戦艦が二〇隻もいるので数で負けている。

 速力を生かして逃げ切れれば良いが、帝国の巡洋戦艦部隊が退路を塞いできたら、挟み撃ちにされ包囲殲滅されてしまう可能性がある。


「直ちに警告を王国艦隊に出しましょう」

「飛天から大艦隊旗艦へ直接通信は出来ません」


 相原の意見を草鹿は首を振って否定した。

 部隊同士が直接通信のやりとりをする事は無い。むやみに交信すると混線したりして通信不能になるし、通信担当者の能力をオーバーする。また敵の偽電を掴まれやすくなる。

 だから特定の部隊、直接の上位部隊かその同格の部隊、あるいは配下部隊しか通信しない。

 もし忠弥が報告しようとすれば、一度王国の本土の部隊を経由して大艦隊に発信して貰う必要がある。


「向こうで聞き耳を立てているでしょうが、此方の情報が伝わるとは限りません」

「では、どうすれば良いのですか」

「落ち着け」


 言い争う相原と草鹿を忠弥は止めた。

 そして暫し考えて忠弥は命じた。


「昴を呼んでくれ。それと相原中佐。二人にやって貰いたいことがある」

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