第208話 ボロデイル提督と巡洋戦艦部隊
「敵艦隊はまだ発見できないのか!」
王国海軍巡洋戦艦部隊司令長官ボロデイル提督は旗艦インヴィンジブルの露天艦橋で怒鳴り散らした。
長年の伝統で王国海軍はオールデイ・オン・デッキ――常に露天艦橋で指揮することを、たとえ雨でも嵐でも艦橋に出ていることを良しとしている。
そのため、壁も天井もなく声が拡散しやすいのだが、提督の声は、全員を萎縮させる程強く響いた。
「まだ見つかっておりません」
「くそっ」
見張り員の報告にボロデイルは海軍軍人にあるまじき悪態を吐く。
帽子を斜めに被り、洒脱なポーズを決める伊達男で、その姿はブロマイドになり全世界の海軍軍人の間で流通する程、有名な提督だった。
皇国空軍でも海軍出身者がボロデイル提督が軍帽を斜めにかぶる姿を真似して格好を付けたため、空軍内で軍帽を斜めに被るのが流行している程だ。
話題性十分な提督だが、短気でウッカリな部分がある人物だった。
勿論、優秀ではあり迅速に判断を下す。
だが、早い分、間違いも多い。
しかしすぐに自分の過ちに気が付いて即座に修正するし、素早いので結果的に成果を上げ、若くして提督の地位に昇った。
巡洋戦艦部隊の司令長官に任命されたのも迅速な判断が必要な高速部隊を指揮するのにその性格が適任と考えられたからだ。
慎重で動きは遅いが確実かつ正確に行動するサイレントジャックことジャック・ブロッカス提督と対照的だが、王国海軍上層部と王国政府はこの二人の人事配置バランスが的確だと考えていた。
「もっと早くに出て帝国の連中を潰せば良かったんだ。なのにブロッカスの奴は今朝まで遅らせやがって」
だが、あまりにも動きが遅いブロッカス提督の事をせっかちなボロデイル提督は上官でありながらよく思っていなかった。
「帝国外洋艦隊が遅れているのかもしれません」
ボロデイルの参謀が恐る恐る意見を言う。
王国本土沿岸に沿って南下し、それから帝国本土方面、東に向かって航行していた。
帝国外洋艦隊が出撃しているのなら接触していないとおかしい。
ならば外洋艦隊が何らかの理由で遅れているのはあり得ることだった。
海軍士官として真っ当な意見だったが、ボロデイルの癇癪が降りかかるのが嫌なので参謀はビクビクしながら答えた。
「確かにとろい帝国の連中ならあり得るな」
参謀の意見にボロデイルは頷いた。
「敵艦隊の捜索も我々の任務だ。このまま帝国方面へ向かって航行する」
「ブロッカス提督の許可を得てからでは?」
巡洋戦艦部隊は大艦隊の偵察を担っているため、大艦隊の指揮下にある。
予定外の行動をする場合、知らせる必要があった。
「無線を出せば敵に見つかる」
無線で、敵艦隊の位置を王国は探っており、敵も同じように自分達を見つけようとしているという理由で無線封止が行われている。
だからボロデイルは無線発信を止めさせた。
「それに、これは俺が与えられた権限の範囲だ」
巡洋戦艦部隊は敵中偵察や哨戒、決戦後の追撃など主力から離れて行動する必要があるため、また敵に無線で傍受されるのを防ぐため、巡洋戦艦部隊には大きな裁量権が与えられており比較的自由に行動できた。
上官であるブロッカス提督は任務の性質上認めていたが、ボロデイル提督が独断専行しすぎるため、何かと制限しようと締め付けていた。
それがボロデイル提督には余計に苛立たしく反発心を抱いていた。
無線封止を盾に無線で報告を行わなかったのも、自分の行動に口出しされたくないからだ。
「では、せめてブロッカス長官に、ご報告を。部隊の動きを知らせなければ。駆逐艦を伝令のため主力に派遣しましょう」
「そうしろ」
こうして、駆逐艦一隻を連絡に向かわせた後、ボロデイルの巡洋戦艦部隊は帝国方面へ全速で航行していった。
「うん? あれはなんだ?」
暫くして針路の先の上空で何かが光る姿があった。
「味方の航空隊が空戦中との事です」
「ほう、空をカトンボのごとく動き回るか。せわしないことだ」
見下すようにボロデイル提督は言い捨て、大道芸を見るような目で空戦を見物した。
だが、自分の身体に影が差したのを見て南の空を見た。
そこには太陽を遮るように進む飛行船があった。
「あれは?」
「皇国空軍の飛行船、空中母艦です」
「ボロデイル提督の巡洋戦艦部隊です」
巡洋戦艦部隊の南側を飛行していた飛天のブリッジで見張員が報告した。
「拙いですね。このままだとベルケ達に艦隊を見られてしまう」
ボロデイル提督の艦隊が東に、ベルケのいる方角へ進軍していくのを見て忠弥は顔をしかめた。
海戦は敵をいかに早く見つけるか、見つけた上で優位な位置に付けるか否かで勝敗が決まる。
そして艦隊はベルケが優勢な海域に進みつつあり、このままでは発見されてしまう。
敵艦隊に通報されたら奇襲される可能性が高い。
「撤退するように要請を出してください」
「分かりました」
草鹿は忠弥の指示に従って発光信号で通信を行った。
だが、駐在武官として王国に派遣されボロデイル提督の性格を知る草鹿は無駄だと分かっていた。
「航空優勢を確保出来ないため、敵に発見されるのを防ぐため反転せよ、だと」
飛行船から来た通信にボロデイル提督は青筋を立てた。
「世界最強の王国海軍に新参者共の曲芸師が口出しするな」
ボロデイル提督にとって忠弥とベルケの死闘はサーカスの曲芸のようで見物する程度の価値しかなかった。
なのに自分に意見を言うなど甚だしくぶしつけだと感じた。
「全艦針路そのまま! 上空のカトンボ共は無視して進め。連中には何も出来ん」
味方も敵も、飛行機は役に立たないと考えたボロデイル提督は、そのまま艦隊を進ませた。
だが見下した忠弥とベルケの戦い、飛行機同士の戦いの結果が艦隊にどのような運命を与えるか、ボロデイル提督は、間もなく知ることになる。
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