第207話 外洋艦隊の現状

「しかし、航空機による偵察は驚きました」


 今朝の敵機の姿に驚いた参謀が再び思い出して言う。

 先日、飛行船基地が襲撃された例があるとは言え、更に帝国本土に近い母港の上空に敵機が現れたことは驚きだった。


「ベルケ大佐は何をやっていたんでしょうか。敵の侵入を許すなど」


 夜間霧中の飛行はほぼ不可能であり、夜間と夜明け及び夕方の前後に偵察される心配は無いとベルケは話していた。

 なのに偵察を許したことは参謀には怠慢に思えた。


「彼も十分にやってくれたよ」


 実際、ベルケ昼間の間は絶えず哨戒用の戦闘機を飛ばしているし、侵入されると知ると直ちに戦闘機を緊急発進させ迎撃している。

 偵察の件は忠弥が上手だっただけであり、インゲノールもそう理解していた。


「むしろ、連中の偵察機が我々が外洋にいることを知らせてくれたので、王国の大艦隊は出撃しているかもしれない」

「どうでしょう。連合軍が偵察情報を受け取るには時間が掛かると思いますが。飛行機を使ってうこく本土に戻るには遠すぎますので受け取るのは夕方までかかるのでは?」


 参謀は自分の推測を述べたが、航空機への知識が少ないため事実とは違った意見になってしまった。

 そのため、既に情報が届いているとは想像できなかった。


「だとしたら敵に知られること無く、我々は王国艦隊の不備を突くことが出来るかもしれないな。まあ虫の良い話だが」


 しかしインゲノール大将は油断しなかった。様々な可能性を考えながら今後を考える。


「今後はベルケ大佐の上空援護があるので敵機も近づけないだろう」


 実際ベルケが戦っているおかげで現在外洋艦隊の上空には敵機は居ないし、敵機と接触したという報告もない。

 敵に位置を知られていないのは良い。


「ですが、敵艦隊の動きは分かりません」


 参謀は居心地悪く伝えた。

 本来なら入ってくるはずの飛行船と潜水艦からの情報が無く、王国艦隊の位置が判明しないのは、嫌な気分だった。

 隻数で既に帝国側が劣勢であり、王国艦隊の位置と規模――比較的劣勢な王国艦隊を見つけて各個撃破するのが帝国外洋艦隊が勝てる唯一の作戦だった。

 そのためには正確な情報が必要不可欠なのに、情報が入ってきていなかった。


「今朝の偵察を見て出撃を知ったのなら、そろそろ王国海軍の母港を出撃した頃だろう」

「まさか」

「敵は飛行船を持っている。飛行機からの情報を無線で中継することぐらいは可能だろう」

「確かに」

「その仮定で王国の大艦隊が今出撃したとしたら我々は何時に会敵する?」

「最短で、王国巡洋戦艦部隊が本日の夕方頃に会敵すると予想されます。大艦隊主力は夜半頃でしょう」

「なら、陽がある内に会敵できれば、先行してくる王国の巡洋戦艦部隊くらいは相手に出来るな。外洋艦隊全力で撃滅し、戦闘終了後、大艦隊主力が来る前に夜陰に乗じて母港へ離脱しよう」

「了解」

「作戦は予定の遅延、王国本土への艦砲射撃中止以外全て順調だな?」

「はい、符丁交換も終えています」


 符号交換とは通信での各部隊固有の符丁――携帯の番号かメールのアドレス、アプリのアカウントのようなもので、通信のために各艦ごとに与えられている。


「王国はこちらの通信を傍受し、符丁で艦の位置を探っている気配があります。なので昨日の作戦開始時、本艦の符丁はホルスト灯台船と交換しました」


 母港の掃海航路、安全な航路を指し示す役目を負う灯台船、ほぼ定位置から動かない船だ。

 もし王国が元の符丁を追いかけ続けていたら、ヴィルヘルム・デア・グロッセは母港の沖合を動いていないと思い込むだろう。


「敵は我々主力が動いていないとみて油断するでしょう」

「だといいな。だとしても、戦闘は本日の夕方だろう。戦闘に備えて配置を解除し乗組員達に休憩を取らせることにしよう」

「了解」


 戦闘時に活躍して貰うべく、英気を養わせるための休憩をインゲノール大将は命じた。

 常に警戒するのは当然だが、余計な苦労を強いれば部下は疲弊し、肝心な時に疲労困憊で活躍できなくなる。

 だから敵が遠くにいると判断し戦闘開始まで休息を命じたのは、間違った命令ではなかった。

 だがインゲノール大将の予想より、王国艦隊は近くにいた。

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