第206話 外洋艦隊出撃
「ベルケ大佐の空中空母部隊が敵の空中空母部隊と接触。空中戦を開始しました」
「うむ」
外洋艦隊総旗艦ヴィルヘルム・デア・グロッセの司令部艦橋で参謀から報告を受けた司令長官インゲノール大将は頷いた。
敵に動向を把握されないよう、艦隊上空で戦闘機の空中哨戒を行うのがベルケ大佐の役割だった。
「しかし、母港上空に敵機が飛来するとは」
参謀は今朝見た連合軍の飛行機を思い出して呟いた。
母港を偵察されたのは誤算だった。
幾ら空中空母が戦線に出てきているとはいえ纏まった数の機体を母港上空に送り出すことは連合軍にはまだ不可能だと考えられていた。
仮に、やってきたとしても母港周辺に待機している帝国軍航空隊によって迎撃し大損害を与える事が可能であり、実行しないと予測された。
そして現状の飛行機では性能が低く、少量の小型爆弾しか搭載できず、艦艇の装甲を打ち破って、有効な攻撃できない、損害ばかりで戦果を挙げられない、と考えていた。
実際、帝国軍の予測は正しく、忠弥は敵母港への攻撃を立案しても皇国空軍の被害ばかり多い。
有効な攻撃手段――戦艦の装甲を貫く徹甲爆弾、空中投下可能な魚雷、開発されたとしても武器を積み込める機体がないため成果を得られないと判断し作戦を許可しなかった。
しかし、単機での偵察で外洋艦隊の状況を把握されるとは思わなかった。
上空哨戒が出てくる前、夜明け前の僅かな隙に飛んでくるとは全く警戒していなかった。
「出撃前に機関が故障するとはついていない。出撃していれば見つからなかったものを。今頃、王国本土を砲撃して、帰還しているハズでしたのに」
「致し方ない」
嘆く参謀をインゲノール大将はたしなめた。
本来であれば、昨日の夕方には出撃している予定だったが、旗艦ヴィルヘルム・デア・グロッセがボイラーに異常を来し、修理に一晩かかってしまった。
速力が劣る艦は足手まといであり、有力な王国艦隊が出てきた場合、足の遅い艦は落伍し見捨てる以外の方法は外洋艦隊にはない。
実際、開戦してすぐの戦いで足の遅い艦が落伍して王国艦隊の集中砲火を浴びて撃沈されている。
足の遅い艦は足手まとい以外の何物でも無い。それが帝国軍の認識であり、これまで活動が殆ど無かった理由の一つだ。
だが故障して足が遅くなっただけの有力な戦艦を母港に残しておくと、戦力ダウンになる。
予想される海戦で、ただでさえ外洋艦隊は現有隻数で大艦隊より数が少なく不利なのに、更に不利になる。
それが旗艦だと司令部の移動――人員だけでなく、作戦関係の書類や主計などの事務資料、通信の発信受信記録など艦隊運営に関わる一切合切を移す必要が出てくるので簡単にはできない。
徹夜で修理をさせて先ほどようやく終了し母港を出撃した。
作戦を一日、遅らせる事も検討されたが、既に飛行船も潜水艦も配置に付いている上に、明日の午後以降は荒天が予想され、作戦は実行できない。
偵察に出ている潜水艦や飛行船の再配置を考えると、一ヶ月以上の遅延となってしまう。
ならば遅延しているが、このまま作戦を発動し完遂した方が、王国海軍を誘引し、その位置を把握したまま有利な状況で戦えると考え、艦隊を出撃させた。
だが、出撃後の状況は予想より悪いものばかりだった。
「哨戒中の飛行船部隊からの報告は?」
「飛行船からの連絡は入っていません」
参謀の報告にインゲノール大将は失望した。
上空から飛行船で敵艦隊の動向を探るのが作戦の肝なのだが、連絡が無いのでは機能しない。
インゲノール大将の作戦は王国も把握しており王国軍は大艦隊の情報を帝国に与えないよう、皇国から購入した雄飛型飛行船を多数飛ばし、帝国軍の飛行船――哨戒用の最低限の装備のみで戦闘機など搭載していないタイプを撃墜あるいは追い払っていた。
帝国軍が使っているのは飛行機を飛ばしあって戦う飛行船の戦い方など想定していなかった時に作られた洋上哨戒用の飛行船であり、満足に活躍できなかった。
「潜水艦の報告もないか」
「はい、通信も入っていません」
インゲノール大将も大艦隊の動向を把握するために潜水艦を配置していたが、敵情どころか通信文の一つも入っていなかった。
「こちらを見ている王国海軍の潜水艦は?」
「大丈夫です。母港の防備隊が制圧しています」
大艦隊の様子を王国の潜水艦が偵察していることは潜水艦の無線発信で知っていた。
そこで母港の防備隊の水雷艇が発進し、潜水艦が居るとおぼしき海域に常駐し、浮上不能――通信不能にして王国側に情報が流れないようにしていた。
王国には海軍のレベルで一歩劣るとされる帝国でさえ、この程度は出来るのだから、王国海軍にも潜水艦の制圧は出来るはずだった。
実際、サイレントジャックことブロッカス提督は、同じ方法で帝国の潜水艦が浮上出来ないよう、無線連絡が出来ないようにしていた。
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