第209話 大艦隊出撃
「また、ボロデイル提督が猪突しています」
大艦隊独立旗艦ヴァンガードの露天艦橋で大艦隊参謀長は駆逐艦がもたらした通報をブロッカス提督に報告した。
報告を受けてもブロッカスは黙っているだけで一言も発しない。
動揺一つしていないように見えるが、手を強く握っているところから怒りがこみ上げているようだ。
そのことに気が付いているのは、長年使えてきている参謀長だけだった。
「引き返すように伝えたか?」
「いいえ、通信範囲を超えています。駆逐艦を伝令に送っても届くかどうか」
視程より遠くにいる艦艇には伝令を送るしかない。
だが広大な海で予定と違うコースを航行している巡洋戦艦部隊に相手だと、連絡に出した艦艇が合流できず迷子になって仕舞う。
届ける方法がないのに敵前で戦力を割く悪手を行いたくなかった。
「無線を使いますか?」
「いや、敵に位置を知られる」
無線での通信は敵艦隊に位置を知られる。
自分の国が敵国の無線で敵艦隊の位置を探っているだけに、相手も同じ方法で自分を探っているとブロッカス提督は考えており、半ば事実だった。
無線を発信すれば敵に自分の位置を特定される危険があるため、無線封止を徹底しており敵と接触しない限り受信のみにしていた。
「敵外洋艦隊の位置は分かるか?」
ブロッカスは尋ねた。
王国海軍と帝国海軍の編成はよく似通っている。
戦艦を中心とした主力打撃部隊と巡洋戦艦を主力とした高速部隊だ。
運用方法も同じで高速部隊を前方に出して偵察あるいは奇襲攻撃を仕掛ける。
そして敵艦隊が出てくれば高速部隊は主力部隊へ逃げ込み、主力部隊の火力援護の下、母港へ撤退する。
帝国も王国も互いを意識し、対抗策――同種のより強力な艦艇を揃えるようにしたため数は違うが自然と似通った編成になって仕舞った。
そのため弱点も似ている。
特に高速部隊が足が早すぎるため、前方へ出すぎてしまって敵中に孤立しやすい。
もし主力から離れた状態で敵艦隊が全力で出てきた場合、前方に出過ぎているボロデイル提督の巡洋戦艦部隊は、ブロッカス提督率いる本隊の救援が間に合わせず包囲され殲滅される。
主力は無事でも、敵を見つけるため、決戦の後、追撃するための巡洋戦艦部隊がいなくなるのは王国海軍の作戦運用に大きな支障を来してしまう。
敵の主力が出ているのではないかとブロッカス提督は気が気ではなかった。
「情報部の報告ではヴィルヘルム・デア・グロッセは母港の泊地から動いていません。航空偵察では、機雷堰の外に出ているようですが、無線のやりとりを聞く限り、動いていないようです」
今ブロッカスの手元にある情報は情報部からの無線傍受と今朝の忠弥による航空偵察のみだ。
潜水艦からの報告は、通信一つ入ってこない。
忠弥の航空部隊も空戦のため、これ以上の偵察できないと言ってきている。
結局一番新しい情報は、無線傍受のみで、目視で敵艦隊を見たものはいない。
そのため現状は手持ちの情報を元に推測で動くしか無かった。
「現状では、巡洋戦艦部隊のみが動いているようですな」
「だとしても良いとは言えない」
ブロッカス提督は不機嫌そうに言った。
外洋艦隊総旗艦が母港から動いていないのであるならば、巡洋戦艦を中心にした偵察部隊だけが動いている可能性は高い。
このまま行けば偵察部隊のみを相手に各個撃破出来る可能性が高い。
上手くボロデイルの巡洋戦艦部隊巡洋戦艦七隻に先日配属されたばかりの高速戦艦五隻が捕捉。
ブロッカス自らが率いる大艦隊主力戦艦二九隻と共に挟み撃ちにすれば、帝国の巡洋戦艦部隊である外洋艦隊偵察部隊を一方的に撃滅できる。
だが、ボロデイル提督がまともに指示に従ってくれればの話だ。
ただ単に猪突猛進してしまっては敵艦隊が逃げるだけだ。
敵が圧倒的に優位だと分かれば、離脱するのが海戦であり、逃げ去る敵をいかに追い詰める、逃げられないようにするかが海戦の根幹だ。
真っ正面から殴り合うことだけを考えていたら、勝てないどころか、戦いに持ち込むことさえ出来ないのが海戦だ。
それをボロデイルは理解していない。
「後退するように命じますか?」
「いや、このまま進撃させろ。敵艦隊の位置を知りたい」
忠弥の戦闘機部隊は、帝国軍の増援があり後退しているという通信が入っている。
駆逐艦の報告と空軍の通信が正しければ既にボロデイル率いる巡洋戦艦部隊の上空で空戦が始まっている。
忠弥達皇国空軍は指示を待つまでも無く、偵察飛行を行おうとしているが東側の海上の状況は帝国戦闘機の妨害もあり、出来ていない事を通信で知らせている。
そのため敵の状況が分からず敵の巡洋戦艦部隊の位置を知りたいブロッカス提督はボロデイル提督の自由にさせることにした。
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