第203話 帰還までが偵察任務
「避けるぞ! 捕まっていろ!」
忠弥は後方の機体を取り付けられた鏡を通じて注視する。
そして攻撃位置に付くのを見ると、ラダー――足で操作する方向舵を右に思いきり蹴り、左へ操縦桿を倒す。
疾鷹は、機種を前に向けたまま、左へ滑るように移動した。
それまで疾鷹がいた空間を銃撃が通り抜ける。
その直後、敵機は忠弥達の機体の脇を通り過ぎていった。
通り過ぎた機体の操縦席に乗っていたのはベルケだった。
「やはり、待ち伏せしていたか」
調子に乗って母港上空を旋回しながら上昇したのが悪かった。
見られてスクランブル――緊急発進して迎撃に上がってきたのだろう。
忠弥は苦笑しながらもベルケの機体に注意を向ける。
「どうしますか?」
「逃げる。それ以外に方法は無い」
忠弥の機体は、偵察任務全うのため、速力が出せるよう重量軽減策として武装は全て外している。
反撃手段がないため逃げる以外に選択肢は無い。
「カメラからフィルムを抜き取ってカメラは捨てろ」
「しかた無いですね」
相原はフィルムを抜き取ると、カメラを構えた。
攻撃してきた帝国軍戦闘機を上昇して躱し、すれ違うと同時に相原がカメラを投擲、翼に穴が空いて、バランスを崩し、海面に不時着した。
「まるで、最初の空戦ですね」
「しかたあるまい」
出来ればもう一機同じ方法で撃墜したかったが、ベルケが警戒して距離を取りながら追いかけてくるため、そのまま捨てるしかなかった。
多少は速くなったが、戦闘機を振り切るだけの速力はない。
単座の戦闘機に対し、復座だとやはり速力は遅くなる。
かといって相原中佐に降りろと言う訳にもいかない。
「司令、私は降りますので、逃げてください」
「大人しく座っていろ」
むしろ自ら降りて機体を軽くし忠弥を逃がそうとする相原を止めるのが大変だ。
相原はこの後の分析や報告で活躍して貰う必要がある。
何としても一緒に逃げ戻って貰わないと拙い。
「無線を使って外洋艦隊が港の外にいることを伝えろ。近くの雄飛か飛天が受信して転送してくれるはずだ」
「了解」
下手な考えを思い起こさないように仕事を与える。
その間、ベルケに追いかけられながらも、全速力で、忠弥は逃げていく。
だが、合流地点はまだ先だ。
このままだと追いつかれてしまう。
しかし、いつからか銃撃が行われなくなった。
「撃ってきません。弾切れのようです」
「いや、ベルケはそんな馬鹿なまねはしない。母船、雄飛まで追いかけるつもりだ」
忠弥達が載っている機体が疾鷹である事はベルケも気が付いているはず。
飛行船、それも空中空母に搭載可能であり、恐らく沿岸ギリギリまで近づいて発進させたであろう事も。
カルタゴニア大陸で鹵獲した機体から燃料タンクの容量とエンジンの燃費を元に、疾鷹の航続距離が短いことも把握しているはず。
発進してきた母船が近くに居るとベルケは確信しているはずだ。
「どうします?」
「雄飛に戻るしか無い」
偵察はできる限り速く情報を伝達することで任務を全うしたことになる。
一応、緊急事態に備えて、救助用の潜水艦を待機して貰っているが、収集した情報の伝達は遅くなる。
出来れば可能な限り、素早く伝達したい。
だが、雄飛を攻撃されて撃墜されたら無意味だ。
「兎に角、雄飛まで逃げ込むぞ」
「了解!」
忠弥はスロットルを押しエンジン全開にして、疾鷹に全速を出させる。
ベルケも全速で付いてきて、距離は広がらない。
じれるような時間が過ぎていく。
「いた」
前方の空に雄飛の姿が見えた。
「草鹿中佐も無茶をしてくれる」
こちらに向かって航行しており、まん丸の姿だ。
危険を冒して雄飛を帝国本土に接近させているのだ。
「無事に合流できたか」
忠弥は安心した。
雄飛と合流できたからでは、なかった。
その周囲に飛んでいる多数の戦闘機の姿を確認したからだ。
夜明けと同時に飛天から発進した戦闘機一四機の編隊だ。
飛天を危険にさらすわけにはいかず、後方に待機させておき、夜明けと共に雄飛の援護のために戦闘機を発艦させた。
航法用の復座型も同行させていたが、広い空域で無事に雄飛と合流できるかどうかは賭けだった。
だが、彼らは見事合流できた。
雄飛の空中給油装置を使い、航続距離を延長しているので空戦も十分に出来る。
「ベルケが引き返していきます」
戦闘機隊を見たベルケが機体を翻して退避していった。
勇敢だが無謀をはきちがえるような男ではなく、劣勢とみれば撤退する思慮も持っている。
忠弥はベルケの行動に安堵し相原に言う。
「さあ、雄飛で補給を受けた後、後方の飛天に着艦しよう」
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