第202話 敵母港偵察

「夜明けです」


 後席の相原が伝える。

 時計の針は日の出の時刻になっていた。

 今のところ、飛行計画通り、飛行中に夜明けを迎えたが、霧はまだ晴れない。

 周りが明るくなっているが乱反射しているため、どちらに太陽が出ているのか分からない。

 その時、正面が明るくなった。

 後光のような虹色の輪が広がる。

 霧が薄くなって反射の光が収縮してきたのだ。


「抜けるぞ!」


 虹色に輝く光の輪が広がり切ったあと、突如、霧が晴れて地平線から太陽が昇る大地が見えた。


「内陸部です! 予定より、陸に入ったようです」

「誤差の範囲だ」


 ある程度、位置がずれることは忠弥も織り込み済み。

 むしろ、内陸部に入れば海霧の影響が少なくなり晴れやすいと考えての事だ。

 地上の建物の配置とジャイロコンパスで現在位置を確認し、敵母港へ向かう。


「海岸線が見えた! あそこが敵母港だ!」


 コンクリートの堤防で囲まれた奥深い湾。その周辺にドック、工場、兵舎などの建築物。

 敵の母港だった。


「機体を傾け、螺旋状に上昇するから写真を頼む」

「了解!」


 真上から偵察すれば全体像が見えるし位置関係は分かる。

 だが、真上からの写真だと識別は意外と難しい。

 特に船は同じ海面から見てる図が多いため、真上から見ることは図面以外では殆ど無い。

 だから、低空で機体をわざと傾けて、横から撮影する事もある。

 斜めだと奥へ行く程、距離感が狂い、位置関係が不明瞭になるが識別は簡単になる。

 相原は機体下部と横に設けられた写真用の蓋を開けて、写真撮影を始める。左と真下の二台同時だが、相原は映画フィルムを流用して作られたフィルムを使う新型カメラを使い、連続して的確に被写体を収めていく。


「真上に行く。真下の撮影を」

「了解」


 十分な高度を取った、忠弥は水平飛行に移り真上からの写真を撮影させる。

 斜めから取った俯瞰写真と合わせれば、敵母港の状況が分かるはずだ。


「相原中佐、何かおかしなところ、気になるところはあるか?」


 だが、写真だけでは分からない事もある。現像は不鮮明だし、そもそも美味く撮れたか分からない。

 だから、専門家である相原を乗せて、直に敵母港を見させて情報収集を行わせている。


「港内に艦艇が居ません。全艦港外の泊地に停泊しています。明らかに外洋艦隊が出撃しています!」

「みたいだね」


 百隻にも上る艦艇が、港外に出て陣形を構築しているのが忠弥の目にも見えた。


「他にあるかい?」

「入渠中の艦艇や出撃中の艦艇を間近で撮影したいですね」

「それは、一寸」


 口ごもった忠弥だが次の瞬間、操縦桿を倒し、入渠している艦に向かって急降下する。


「いや、本当に撮影するんですか」

「違う! 敵機だ!」


 忠弥が作戦で偵察の時刻を夜明けとしたのは、敵の警戒が薄く見つかりにくい夜間の内に雄飛を敵の沿岸ギリギリにまで近づけ偵察を行う復座型疾鷹を飛ばすためだ。

 夜間の内に母港まで飛行した疾鷹は夜明けと同時に母港に到達。霧が晴れると同時に撮影を行う。

 帝国軍の飛行場も霧に覆われているだろうから、上空警戒の戦闘機も上がっていない。上がってきたとしても遅れると考えての事だ。

 だが、予想外に早く発進してきたようだ。


「振り切るために低空へ降下して逃げる!」


 敵機に見つからないように地面に向かって降下する。

 ドックへ入渠中の戦艦の真横を通り過ぎるのはたまたまだ。

 兵舎の手前で、機体を引き起こし、屋根上すれすれを通過した。

 その真横にある戦艦に向かって相原はシャッターを押し続けた。

 やがて埠頭を飛び越え、海に出て行く。

 堤防を越えて港の外へ。

 所々、海中にブイが並んでいる場所――機雷原の上空を通過して、港の外で陣形を作りつつある艦艇の脇を通過する。

 幸いにも、突然の航空機の登場に驚いているのか、艦艇からの攻撃はなかった。

 航空機が登場して間もないために対空砲など艦艇に搭載していない事もあって反撃を受けず忠弥は、外洋艦隊のど真ん中を呆然とする水兵達の表情――それも白目が見えるほど艦艇に近づき通り抜けて、逃げ去っていく。


「大丈夫か?」


 外洋艦隊の中を通り抜け外洋に出た忠弥は相原に尋ねた。


「バッチリ写真は撮りました」


 相原は左は既存のカメラを使い、右側は下方撮影用のカメラを台から外して左右同時に敵の艦艇を撮影していた。

 航行中の敵艦艇を捉えた写真などこれまでになく、多大な情報が手に入ったと相原は興奮していた。

 だが忠弥が尋ねているのはそんな事ではなかった。


「違う、敵機の方だ」


 返答は後ろ上空からの銃撃だった。

 忠弥は機体を横滑りさせて、躱す。

 通り過ぎた敵機の操縦席に乗っていたのはベルケだった。

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