第201話 夜間霧中飛行
「結構な霧です。このままだと作戦行動に支障が出ます」
夜明け前、帝国へ向かう雄飛のブリッジで雄飛艦長が忠弥に言う。
外は一面の霧で星空さえ見えない。
敵に見つかることはないが、状況が分からないのは居心地が悪かった。
「針路はジャイロスコープのおかげで維持できますが、正確な現在位置は分かりません。航空機の運用にも支障が出るでしょう」
「そうだね」
忠弥は艦長の意見に同意した。
金属の塊である、飛行船だと方位磁石は役に立たない。
そこでジャイロで常に北を向いているジャイロスコープを開発し配備していた。
疾鷹にも搭載しているが、視界が効かない状況では空を飛ぶのは難しい。
まして偵察は無理だ。敵の姿が見えない。
接近するのには好都合だが、偵察の時、目標が見えないのでは意味がない。
「通信、天気予報はどうなっている?」
「王国気象台の予報では夜明けには晴れるとの事です」
「航法士、気温、湿度から霧はどうなりそうだ?」
「夜明けには気温が上昇し霧は晴れるでしょう」
「なら大丈夫だな」
忠弥は決意した。
「作戦を決行する。ただ、敵母港上空の霧が確実に晴れるのを狙い二十分程、遅らせる」
「離脱の時間が厳しくなりますが」
相原が反対意見を述べた。
敵地へ近づいている状況であり、雄飛が攻撃を受けるのを避けるため留まる時間は、できる限り短くしたい。
「偵察を確実にしたい。霧が晴れる時間を狙おう」
「了解」
忠弥の主張に相原は、それ以上の意見を止めた。
「さて、偵察準備だ。よろしく頼む」
「はっ」
忠弥は相原を連れて格納庫へ向かった。
既に二人が乗る復座型疾鷹が整備員によって発進準備が整えられており、翼を広げていた。
二人は機体の周りを見て確認した後、乗り込み自分の担当、忠弥は操縦関係、相原は通信と写真カメラの動きを確認した。
「しかし、司令自ら行かなくても」
「敵母港の偵察は誰もやったことが無いからね。何が起こるか分からない。僕が行って確かめないと」
「本当は自分で行きたい、いや飛びたいだけでしょう」
「その通り」
忠弥は素直に自分の欲望を認めた。
「嫌になって、降りるかい?」
「いえ、是非ご同行させてください。私も、敵の母港を空から見るという誰も成し遂げたことの無い偉業を達成したいので」
相原も朗らかに笑って言う。
元海軍士官でもある相原は、敵の母港を上空から偵察するという計画に興奮していた。
もし作戦が成功すれば敵の艦隊の様子を、母港限定ながら常に探ることが出来る手段を手に入れる事が出来る。
もしかしたら、敵母港を空から攻撃できるかもしれない。
今はまだ手投げ爆弾程度の攻撃力しか無く戦艦の分厚い装甲を打ち破ることは出来ないし、魚雷も積めない。だが、いずれ航空機の性能が向上すれば、母港にいる敵艦隊を撃破できるのでは、と夢想してしまう。
その第一歩となるであろう偵察飛行から下りるつもりは、相原にはなかった。
「発艦準備完了しました!」
出撃準備が終わり、整備長が報告すると忠弥はエンジンを始動する。
天井のレールによってフックに掛けられた忠弥と相原の乗った疾鷹が移動する。
アームに取り付けられると、床下のハッチが開き、忠弥達の機体を外に出す。
降りきったところでフックが外れ、忠弥達の機体は雄飛から離れた。
忠弥は操縦桿を押し倒し、機体を降下させる。
雄飛と接触しないよう、距離を取るためだ。
すぐに雄飛の姿は霧の中に見えなくなり、視界一面が霧となる。
十分に離れたと忠弥は判断すると水平儀を見て機体を水平にする。
そしてジャイロコンパスの針に従い敵母港へ針路を向ける。
周りは相変わらず霧で見えない。
海から進入し、平野を通るため高度一〇〇〇メートルを保っていれば、墜落の危険は無い。
だが周りが霧と夜では機体の位置はおろか姿勢も正しいのか分からなくなる。
もしかしたら、気が付かず上下が反転しているかもしれない。
馬鹿げたことだが、そんな事が起こりうるのが夜間、雲中飛行の怖さだ。
だが、計器類を信じ、蛍光塗料が塗られてかすかに発光する針の指示に従って飛行する。
出来たばかりで、いまいち信頼がおけない機器なので余裕を見る必要があるが、指示に従って忠弥は機体を操り飛行する。
暫く無視界、闇夜の中を飛行していると周りが明るくなってきた。
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