第199話 王国大艦隊の作戦
ブロッカス提督は参謀長に作戦内容を尋ねた。
既に提督の詳細な指示の元に作戦案は作られ提督の承認を得ていた。
だが、ブロッカス提督は部下が理解しているか確認するため、あえて部下に説明させる事をよく行っていた。
長年の付き合いである参謀長は心得ており、頭に入れていた作戦案を説明した。
「我が王国巡洋戦艦部隊は皇国の高速戦艦部隊へ引き継ぎを終え、現在仮泊地へ帰投中です。入港次第、石炭の補給を行い今夜半に装甲巡洋艦追撃の名目で出撃させます」
帝国の外洋艦隊の攻撃目標も王国海軍は既に知っていた。
石炭の在庫が泊地に無い事を理由に、攻撃地点の近くの仮泊地で巡洋戦艦部隊が補給を行うという小細工も仕込んでおり、帝国外洋艦隊を迎え撃つ準備は整えられていた。
「明朝、皇国空軍の飛行船が哨戒中に外洋艦隊を発見する予定でしたが、ここは変更になります。敵母港への偵察を行い帝国艦隊の出撃を確認させます。母港に敵艦隊がいないことで我々は敵外洋艦隊の出撃を知り、巡洋戦艦部隊には外洋艦隊捜索を命じます」
「出撃した針路が当初から迎撃の針路では意図がバレるのでは?」
「巡洋戦艦部隊は機雷堰の回避のため、という理由で外洋艦隊の針路上へ航行させます」
王国本土近海には王国海軍の行動を制限させたい帝国と帝国艦隊の接近を阻みたい王国が、双方機雷を敷設している。
機雷堰を迂回するという名目を付けてブロッカス提督達は巡洋戦艦部隊が外洋艦隊の正面に行く針路を設定させていた。
機雷を避けたらたまたま敵艦隊の正面に出てしまったという体面を作るのだ。
「迫ってくる外洋艦隊を王国本土前で巡洋戦艦部隊が割り込んで迎撃。大艦隊主力も出撃し、帝国外洋艦隊の退路を断つ、ないし退路を圧迫し帝国外洋艦隊に打撃を与える作戦です」
「よろしい」
静かにブロッカス提督は答えた。
海戦では戦力が優勢な方が必ず勝つ。
遮る物が殆ど無いため、敵を視認したら攻撃可能範囲に入る前に彼我の優劣が分かり、劣勢な側はすぐに逃走に入る。
劣勢な相手をいかに逃がさないようにするかが海戦における勝利の要だった。
「作戦開始が予定より早まりそうだが大丈夫か?」
「大丈夫です。発見予定時刻と場所が少し変わるだけで、既定の作戦からは大きく逸脱しておらず、作戦自体に問題ありません。事前準備の変更も最小限に抑えられます」
「結構。外洋艦隊の情報は?」
「敵母港周辺に配備した潜水艦の監視により万事怠りなく。情報部の無線傍受でも敵の動きや外洋艦隊旗艦ヴィルヘルム・デア・グロッセの位置は識別符丁と無線の方位測定現在位置を把握済みです。敵艦隊が出撃すれば直ちに判明します」
飛行船による偵察はあくまで、作られた理由であり、本来の情報収集手段である無線傍受の存在を隠すための王国の手だった。
忠弥達は王国の諜報活動を隠すための手段として参加を要請されたのだ。
ブロッカス提督も参謀長も多少心の痛みを感じていたが祖国のためと思い、淡々と命令に従って行動したのだ。
「敵通信傍受によれば、敵外洋艦隊の出撃、王国本土への砲撃は確定しています。皇国軍の偵察行動で発見される予定です」
「明朝、飛行船の偵察報告が届き次第、全艦隊出撃する」
ブロッカス提督は静かに命じた。
常に大艦隊は即時出撃体制を整えており、予め命令する必要は無かった。
だが、作戦に移る時、ためらいがないよう自分の決意を部下に知らせておきたかった。
あとは、敵艦隊出撃の報告が飛行船からもたらされるのを待つだけだった。
「艦隊編成はどうなっている? 高速戦艦部隊は?」
「ボロデイル提督の巡洋戦艦部隊へ配属しました。しかし、泊地の能力が不足しており、彼の部隊から巡洋戦艦三隻を我が主力へ編入します」
「よろしい」
ボロデイル提督は巡洋戦艦を奪われて不満を司令長官に手紙で表明していたが、参謀長で止めていた。
内容を要約して伝えていたが、長官は、「ほっとけ」と述べただけだった。
手紙を読んでも同じ反応をしただろう。いや、余計な時間がかかったとむしろ参謀長に注意を与えていただろうから、参謀長の行動は的確だった。
そしてサイレントジャックは静かに伝えた。
「明日の出撃に備え各艦準備をしたまえ」
「アイアイ・サー」
参謀長は敬礼した。
「しかしながらいつも通り、用意周到ですな」
「艦隊決戦は、慎重の上にも慎重を期して、用意周到に行わなければならない。決して偶然や幸運を頼りに行ってはならない。肝に銘じておけ」
「はっ」
感銘を受けた参謀長は背筋を伸ばして答えると、準備の為に公室をあとにした。
残ったブロッカス提督は、一人感慨にふける。
万事順調にいっている。
だが、作戦は勿論予定が順調にいくとは限らない。
突然の変更やトラブルは良くある事で、それに柔軟に対処できる様にしなければならない。
「航空戦力か」
呼び出した忠弥の事をブロッカス提督は思い出した。
あの小さな体から人類の歴史に残る偉業を成し遂げた少年。
彼が作り出した新たな戦力が、新たな動乱を巻き起こすのではないか。
ブロッカスはそんな事が起こるのではと思えてならなかった。
艦隊決戦の計画に航空戦力を加えるべきかと迷ったが、止めた。
未知数過ぎて、どのように組み込めば分からなかった。
だが、小さな期待をブロッカス提督は抱いた。
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