第198話 王国海軍の思惑と状況

「予想外ですね。無理はしない人だと思ったのですが」


 忠弥が出て言った後、長官公室に残った参謀長は司令長官ブロッカス提督言った。


「警戒厳重で失敗確実な敵母港の偵察を断ると考えておりました。しかし、請け負うとは」


 王国海軍も何度か飛行機による偵察、水上機母艦を接近させ水上機を発艦、任務後、着水して離脱させる計画していた。

 しかし、先日の飛行船基地襲撃で帝国側が警戒を厳重にしていたため、実施できなかった。

 だから忠弥も出来ない、断ると考えた上で二人は偵察を要請したのだ。


「断る代わりに、こちらの哨戒計画に参加させようと思ったのですが」


 交渉術の一つに、無理難題をぶつけ、断らせる代わりに、本命――勿論、実行可能なレベルの要求を、提示して受け入れさせるという方法がある。

 この方法だと最初から要求するより断られにくい。

 最初に敵母港の偵察を参謀長が提案したのも忠弥が断るように誘導し本命である。本命の哨戒計画ーー事実上、忠弥が王国大艦隊の指揮下に入るように仕向けるためだった。

 飛行船の紹介能力に目を付けた海軍本部が、忠弥達をなんとか指揮下、出来れば協力態勢に組み込むために仕組んだ計画で二人はその実行役だった。

 だが忠弥が受け入れたために目論見は外れた。


「まさか、明日の早朝に行えるとは思いませんでした」


 準備の為に数日かかり、それでは遅い、他に出来ることはないか、例えば紹介計画などどうでしょう、といって誘導する計画だった。


「海軍本部が考えているより二宮大佐は有能なようだ」


 珍しくブロッカス提督が人を褒めたので参謀長は驚いた。

 長い付き合いだが、参謀長自身、帝国に褒められることなど年に一度あるかどうかだ。


「本来の計画とは違うが、これで我が方の暗号解読がバレずに、帝国軍の作戦の裏をかける」


 王国は情報部の暗号解読により、帝国軍の作戦行動を知っていた。

 恐らく明日早朝、帝国軍が外洋艦隊を使って、作戦行動、王国本土への艦砲射撃、封鎖線の破壊に出ようとしていること。

 それだけでも一大事だが、本命は艦砲射撃で慌てて迎撃に出てきた王国の大艦隊を誘引し一部を包囲して殲滅。王国海軍の戦力を一部なりともすり減らそうという作戦だった。

 その作戦を暗号解読で王国側は察知し、逆に誘いに乗って、大艦隊を出撃させ外洋艦隊を撃破、あるいは大損害を与えようとしていた。

 しかし、大艦隊が何の前触れも無く出撃し待ち伏せをしていたら、暗号解読に成功していることがバレてしまう。

 同時に帝国の外洋艦隊に打撃を与える機会を逃したくない。

 そこで、忠弥の飛行船部隊に哨戒させ外洋艦隊の出撃を知り、大艦隊を出撃させたように見せかけることにして暗号解読がバレないようにしようと一芝居打った。

 本来な哨戒しているとき偶然艦砲射撃直前の艦隊を発見する予定だった。

 だが母港にいないことを確認し、出撃を通報して貰うことになる。


「ですが、本土攻撃を阻止できなくなりました」

「海軍本部のこざかしい策略の失敗だ」


 苦々しい思いでブロッカス提督はいう。

 もし全てを皇国側に通達していれば、スムーズに協力関係を結べたため本土が攻撃されることはなかった。

 だが、王国は暗号解読の秘密を味方にも秘匿したいため、出せる情報が制限され、皇国にも悟られないようにするため、申し出せなくなった。

 結局、本土は帝国の艦砲射撃を受ける事になってしまう。

 運良く、漁船か哨戒中の艦艇が進撃中の帝国軍艦艇を発見してくれるのを祈るしか無い。


「しかし、母港を偵察されたのを知って、外洋艦隊が作戦を中止するのでは?」


 一縷の望みを滲ませ参謀長が言うがブロッカス提督は首を横に振る。


「いや、帝国には後が無い。海上封鎖を解かなければ、帝国は立ちゆかない。お互いに海戦を望む立場だ。戦闘は避けられない」


 後ろ半分に苦渋の感情を滲ませながらブロッカス提督が言うのを参謀長は黙って聞いた。

 サイレントジャックの異名を取るだけに自信の感情を吐露する事などめったになく、こうして気持ちを述べるのは珍しい。

 だがブロッカス提督が置かれた状況を考えれば無理も無かった。


 王国海軍大艦隊保有艦艇  戦艦二九隻、巡洋戦艦一〇隻、高速戦艦五隻

 帝国海軍外洋艦隊保有艦艇 戦艦二〇隻、巡洋戦艦七隻


 数の上では王国海軍は圧倒的な上に、帝国海軍は王国本土が蓋となっているため、行く手を阻まれている。

 王国は海上帝国であり、通商路を持っているが、王国本土が壁となり帝国の外洋艦隊が王国の通商路を脅かすことは無い。

 王国の大艦隊は、その戦力を維持し帝国の外洋艦隊を抑えていれば自然と勝てる状況――貿易が出来なくなった帝国が自然と衰退し、自滅するはずだった。

 ブロッカス提督もそのことを心得ており、無闇に戦闘を行うことは考えていなかった。

 しかし、東の同盟国である大公国が帝国に対して敗北続きで単独講和さえ考える程厳しい状況になったため状況が変わった。

 敗北寸前の大公国を助けるため連合国は彼らを支援する必要が出てきた。

 以上の理由から帝国艦隊を撃破して援軍を送り込みたいという要望が連合軍上層部から出てきた。

 更に王国の主戦場である西部戦線は膠着状態の塹壕戦になっており、日々で発生する損害に王国でも厭戦的な雰囲気が流れている。

 士気高揚のため派手な勝利が必要だった。

 かくしてブロッカス提督に積極的な行動による帝国外洋艦隊の撃破――大勝利が王国上層部から求められた。

 損害が人数で示されるより、隻数で示された方がわかりやすいし、海洋国家の王国民は戦艦を沈めた事を殊の外、喜ぶ。

 かくしてブロッカス提督の考えとは逆に、大艦隊は勝利、外洋艦隊撃破を目指して動くことになった。

 ブロッカス提督は参謀長に尋ねた。


「作戦はどうなっている?」

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