第197話 王国大艦隊
「凄い光景だな。げほっ」
黒煙を吸ってむせた忠弥は咳き込んだ。
十分に一本、石炭を満載した貨物列車――通称ネイビーエクスプレスを蒸気機関車が引っ張ってくる。
その煤煙と、石炭が運び込まれる先、大艦隊の主力戦艦群が常に待機状態――いつでも出撃できるよう準備している三〇隻近い艦艇から吐き出される黒煙が埠頭まで漂っているのだ。
王国海軍は帝国の外洋艦隊が出撃した場合、直ちに迎撃出来るように常に出撃準備を整えている。
主力艦の機関は、ボイラーから送り込まれる蒸気で回る蒸気タービンであり、ボイラーの火を消すと再始動して出撃可能になるまで八時間程かかる。
だから、即応できるようボイラーの火を絶やさないように、王国中の炭鉱から大量の石炭をネイビーエクスプレスで運び込み、艀に載せ替え戦艦に送り続け、ボイラーの火と蒸気圧を維持しているのだ。
結果、全ての艦から常に黒煙が吐き出され、空を黒くして煤煙が周囲に立ちこめている。
環境保護団体の人間が見たら卒倒する光景であり、工業化による悲惨な住環境改善の為に運動していた彼らは中止するよう海軍に申し入れていた。
だが全ては帝国の外洋艦隊を迎撃するために、王国大艦隊を戦闘状態で維持するため必要悪とされ、王国民はごく少数を除き、現状を受け入れている。
外洋艦隊の王国本土への艦砲射撃があってからはなおさらのことだった。
その大艦隊の独立旗艦ヴァンガードに忠弥は呼ばれていた。
一四インチ連装砲を五基搭載し最大速力二一ノットを発揮できる戦艦だ。
開戦直前に完成したばかりの艦であり、王国でも最優秀と言える艦だ。
戦争中に就役した一五インチ砲搭載の高速戦艦が戦列に加わりつつあったが、訓練が不十分であり、また高速性能を生かすためにも、旗艦の変更は行われておらず暫くはヴァンガードが旗艦のままになるだろう。
忠弥は迎えの内火艇に乗り込み、旗艦に送って貰う。
タラップを駆け上がり、自分と殆ど年の変わらない少年士官候補生に艦後部にある長官公室に案内され、入室した。
「皇国空軍大佐二宮忠弥、参りました」
「ようこそ」
大艦隊司令長官ジャック・ブロッカス王国海軍大将は、静かに答えた。
しばし沈黙が長官公室に走る。
ブロッカス提督は、サイレントジャックと言われる程、物静か、というか言葉が少ない提督として有名だった。
だが、王国海軍の近代化、帆走船から蒸気機関を搭載した装甲艦へ脱皮させ、射撃式装置など最新技術の導入、近代的な海軍組織を作り上げた功労者であることに間違いは無かった。
慎重確実に進めていくブロッカス提督のやり方は組織改革に向いており、王国海軍が近代化を果たせた大きな要因だった。
その功績と海軍へ深い理解を持っているため、大多数の賛同を以て大艦隊司令長官に就任し、大過なく務めていた。
だが、口数が少なくては門外漢の忠弥には分からないことが多く話が進まない。
「大佐に来ていただいたのは、他でもありません。敵の監視を依頼したいためです」
ブロッカス提督に代わって参謀長が説明を始めた。
「先日の装甲巡洋艦の出撃により、我が艦隊の目となる巡洋戦艦部隊が出払っています。そこで飛行船部隊には敵の母港を偵察して貰いたい」
「封鎖線の哨戒で十分では?」
疑問と危険を感じた忠弥は慎重に尋ねた。
先日洋上で空戦を行ったばかりで、飛行船部隊と艦載機部隊には被害が出ている。
帝国本土に近づけば敵はより強力な戦力を持っている。
下手に作戦行動に出れば、飛行船が撃墜される可能性が高い。
そこまでの危険を冒して敵の本拠地を偵察する価値があるのか、忠弥には疑問だった。
「敵の様子を探ることが出来なければ、出動が遅れます。巡洋戦艦部隊にやらせたいのですが、装甲巡洋艦を追いかける為に出動中です」
参謀長が言うと忠弥は黙った。
先日の装甲巡洋艦を取り逃がしたのは、忠弥達が装甲巡洋艦との接触を維持できなかったからだ。
敵が予想以上に戦闘機を出してきた為だが、失敗は失敗だ。
その補填として王国海軍は、ハイデルベルク帝国海軍の母港を偵察するように要請――事実上の命令をしてきたのだろう。
装甲巡洋艦を取り逃がした失点があるだけに忠弥は断りづらかった。
「そういうことなら、偵察に出ます。期日は?」
「できる限り早く。明後日あたりまでに」
「では、明日の早朝に決行致します」
「明日ですか?」
忠弥の言葉に参謀長は驚いた顔で言う。
「ええ、早いほうがよろしいでしょう。明日の早朝でよろしいでしょうか?」
「……構いません」
「では、直ちに偵察を行います。報告はヴァンガードに上げれば良いのですか?」
「いや、通信能力の限界がある」
通信機の数には限りが有り、通信能力には限界がある。
特に大艦隊となると配下の戦艦だけで三〇隻近くいて彼らと通信するための機材を割り当てる必要がある。
他にも上級司令部や関係各所との通信のために通信機を割り当てる必要がある。
増設したいが、巨大戦艦とはいえ艦内の容積に限りが有る。通信機は小さくても、取り扱う人員の生活空間や食料の積み込みなども関係して不用意に増設できない。
「此方でも受信するが、王国海軍の通信所に報告して貰えれば確実に届くので助かる」
「分かりました。ではそのように手配します」
一部の機能や役割を陸上の通信所に委託して転送して貰うというのは遠回りだがある意味確実だった。
船と違って陸上の方が増設しやすいし大型高出力高性能の機材を設置しやすい。
忠弥は細かな打ち合わせをしたあと、敬礼して、ヴァンガードを後にした。
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