第195話 ベルケの昇進理由と新たな任務

「せっかく昇進したのに、そんな顔をするな」


 昇進を伝えて憮然とするベルケに皇太子は呆れるが、同時に仕方ないと思った。


「まあ、そんな顔をするのだから理由は分かっているのだろう」

「私が昇進するのは我が帝国が負けているからでしょう」

「ハッキリと言うのも良いところだが、事実を言われるとグサリとくるな。その通りだ、負けているからこそ、英雄が必要なのだ」


 負け戦の時昇進させて、本人の士気を上げ、国民に我が国は英雄が多く負けてはいないと宣伝するのはよくあることだ。


「第二に、君はカルタゴニア大陸での作戦行動で功績を挙げている」

「負けて撤退しましたが」

「だが、各所で勝利したし、君がいなければ、より早期に現地の部隊は敗退していた。それに連合軍の航空戦力がカルタゴニア大陸へ向かうことは無かった。西部戦線で少なくとも互角に戦えたのは、君が赴いたからだと結論づけている」


 ベルケがカルタゴニア大陸で暴れ回ったため、防御のために連合軍はせっかくの航空隊をカルタゴニア大陸各地に送り込まざるを得なくなった。

 本来なら西部戦線へ配備されるハズの連合軍の航空機は激減し、帝国軍が優位になったのはベルケの成果だ。

 撃墜数のような目立つ功績ではなかったが、西部戦線への配備機数の減少は連合軍の配備記録を見る限り確かであり、決して否定することが出来ない戦果だった。


「そして君は、カルタゴニア大陸で戦果を上げており、国民は君を英雄視している。英雄を厚遇しないのは国家としての品格を疑われる。実際、昇進に値するだけの戦い方をした」

「結局は逃げ帰りましたが」

「だとしてもだ。撤退までの間、戦い抜き、戦果を上げた。それだけで十分昇進に値する」


 損害ばかりで際立った戦果が挙がらない塹壕戦より、明確に戦果をベルケがカルタゴニア大陸で上げたこともあり、負け続きだった帝国では大々的に報道された。

 戦局全体から見れば小さいが、


「そして三つ目は君が航空隊を率いるべき才能と能力があり適任だと考えているからだ」

「私は一軍人に過ぎません」

「だが君以上に航空機に詳しい人間は帝国にはいない」

「忠弥さんには劣ります」

「二宮忠弥は帝国にいない。帝国の中で帝国軍航空隊を指揮――前線の指揮だけで無く、編成や訓練、後方支援の確立、制度を整えられるのはベルケ、君しかいない」

「皇太子殿下が航空の担当では」

「私は門外漢だ。それにヴォージュ要塞で臣民を殺しすぎている。私の事は無能と見なされており軍司令官の職も事実上、名誉職だ」

「ですが、他の将軍達も同じくらいの損害を出しています」

「一大攻略戦を失敗させたのだ。責任を取らねば」


 大軍を集中して目立っていただけに失敗したため余計に失敗が際立っていた。

 ベルケも黙った。

 ヴォージュ要塞での航空優勢奪取しに失敗して、作戦全体も失敗させてしまっただけにベルケも責任を感じていた。

 だから皇太子は気遣うようにベルケに言った。


「せいぜい、君の計画や提案が守旧派の将軍達に握りつぶされないよう書類に私がサインして箔付けする程度の存在だ。実務面では君以上の人間はいない。このまま帝国軍の中枢にいて欲しいのだが」

「空を飛べなくなるのは、まっぴらです」


 真顔でベルケは言い放った。

 僅か十歳そこそこの少年が空を飛んだ快挙に驚き、空に憧れて航空への道へ進んだベルケ。

 異国逸れも少年に教えを乞いに行くという事を嘲られ笑われても単身、渡海して勉強した。

 むしろ渡海してより空への情熱が過熱したと言って良かった。

 戦争が始まり空が戦場になってもその思いは変わらない。

 たとえ皇太子の要望でも、地上に降ろされるのは嫌だった。

 仲間のために地上からバックアップするのも重要だとベルケは知っていたが、完全に飛行機から下りるところまで決意してはいない。

 ベルケの情熱を知った皇太子は説得を諦めて言った。


「では空を飛べるようにデスクワークもしっかりやってくれ。君以外がやると、帝国の航空機は半減する」

「……分かりました」


 他に航空隊を担うことが出来る人材がいない事をベルケ自身も知っており、承知した。


「作戦期日までに出撃は可能か?」

「はい、作戦案はこれからですが、新造の飛行船就役と補給用飛行船の空中給油装置付与の改造が終わりましたのでいつでも作戦行動可能です」

「では正式に作戦を発動する。第一段階で通商破壊に出る装甲巡洋艦を外洋に送り出すため上空援護に出て貰う。その後は、飛行船にも外洋艦隊の為に事前偵察も行って貰う。ペーター・シュトラッサー中佐の飛行船部隊も本土空襲を離れ、哨戒に出て貰う。忙しくなるぞ」

「装甲巡洋艦の突破援護のあとは、外洋艦隊の支援ですからね。休む暇もありません」

「だが、時間が経過すると敵も戻ってきてしまう。間伐入れずに行動するしかない」

「少数なので使い回される事になりますが、致し方有りませんね」


 数が少ない航空隊をやりくりしているベルケだけに、苦労は想像できた。

 だが、帝国は劣勢に立っていることも承知しており、それ以上文句は言わなかった。

 こうして作戦は発動し数日後、ベルケ達は洋上で封鎖線に展開する忠弥の飛行船部隊と空戦を行う事になった。

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