第194話 産業維持の基本

「作戦決行が決まった」


 皇太子は会議の結果をベルケに伝えた。


「大丈夫なのでしょうか?」


 ベルケは尋ねた。

 作戦案は、検討のためにベルケに予め伝えられており、ベルケも承知していた。

 だからこそ不安が募る。


「航空作戦に自信が無いのか?」

「空中空母部隊はカルタゴニア大陸での作戦行動を経て改良を加え、戦力は格段に向上しました。また殿下のご助言もあり、カルタゴニア級飛行船の増勢も行われ、帝国近海であれば航空優勢を確保できる状況です。一時的にですが確保する自信はあります」


 昭弥の事が脳裏によぎったベルケだが、カルタゴニア大陸での作戦行動での経験から決して自分たちが忠弥に全ての点で劣るとは思っていない。

 局地的に優勢を確保すれば、一時的に勝てるという自信を抱いていた。


「ですが、私が勝利したとしても、帝国の勝利に直結するかどうか疑問です」


 躊躇いがちにベルケは答えた。


「君の部隊は帝国に貢献できないというのか?」

「勝利をもたらすことは出来ます。しかし、その勝利が帝国の為に立つか疑問です。現状を打破できる作戦――資源不足が解消できる作戦では無いと愚考します」

「海上封鎖線を破壊できるが」

「しかし、我が国に資源を運んでくれる国があるのでしょうか?」


 現在、帝国は世界すべてを相手に戦っていると言って良い状況だ。

 メイフラワー合衆国は中立だが、連合国を相手に商売をしている。

 封鎖線があるため、通商路がないのも理由だが、封鎖線を解除しても売りに来てくれるとは考えにくい。


「そもそも、封鎖線を解除しても連合国は再び封鎖線を設定するでしょう。一度解除しても元に戻ってしまうのでは意味がありません。そして我々に何度も封鎖線を破壊する力があるのでしょうか。連合国に拿捕される危険を冒して、物資をもたらしてくれる国がいるのでしょうか? 皮算用に終わるようにしか見えません」

「君は空を飛ぶことだけが生きがいだと思っていたが、なかなか視野が広い」

「確かに国の事とか気にせず飛んでいたいです。しかし、一機の機体を飛ばすには十人程の整備員や誘導員が必要になります。そして彼らを支えるための人員が倍は必要です。製造も考えれば、その更に倍から四倍は必要になります。単純に一機を飛ばすのに四十倍の人の手が必要です。彼らの生活を保障しなければ、飛行機は飛べません。彼らの生活をないがしろにするような考えで、国が上手く運営できるとは思えません。そもそも希少金属が無ければ高性能な航空機は作れません」

「そこまで考えているのか」

「常々忠弥さんが言っていましたから」


 航空都市にいたとき、ベルケ達に忠弥が常々語っていた言葉を述べた。

 飛行機が飛ぶには多くの人の手が必要だ。だから彼らが生活に困らないようにしないといけない。

 民間で活用できるように空を飛ぶことで稼ぐことの出来る、産業となるように研究しているのは飛行機を飛ばしてくれる人たちを養えるようにするためだ。

 そして空を飛ぶことによって、人々が幸せになるように、利益を享受できるようにするためだ。

 忠弥が、旅客、貨物輸送、測量などの航空事業を興そうとしていたのは航空産業の振興――関わる人たちが生活できるようにするためだった。

 軍事利用を考えていたベルケは当時、馬鹿馬鹿しいと思ったが、自国で航空機の生産にも携わるようになると、その言葉の意味を痛いほど理解できる。

 そのことを念頭にベルケは殿下に話した。


「ですから講和に向けて行動を起こすべきでは?」

「そして帝国は多額の賠償金と領土を割譲することになる。享受できるのか?」

「……無理です」


 軍は国民の生命と財産を守ることであり、売り渡すことでは無い。

 金を渡し、領土と国民を引き渡して、帝国を永らえさせるのはベルケにも抵抗があった。


「ですが、継戦ではなく講和に向う方向へ作戦を立てるべきでは?」

「君が参謀総長だったら、と思うよ」


 先ほどの会議を思い出した皇太子殿下は呟いた。


「まさか、私には務まりません」

「今の言葉だけで資質は十分だ」


 戦争のことしか頭にない参謀総長より国家運営にまで頭を巡らせるベルケの方が遙かにまともな思考だと皇太子殿下は思った。


「忠弥さんの受け売りを話しているだけです」

「だとしてもだ。だが、大した人物だな、二宮忠弥という人物は」


 人類初の有人動力飛行を達成し大洋を横断したのみならず、国を作るように航空機産業を、いや、本当に航空機の王国を作ろうとしているのでは無いかと思えてしまう。

 そして、皇太子の予想は外れてはいなかった。


「ええ忠弥さんは大した人物です」


 当然という表情でベルケが答える。

 忠弥の夢を見て同じように熱狂し、同じ道を進まんとするベルケは自然と似たような考え方を持つようになり、言動も同じになっていた。

 そんなベルケを皇太子は頼もしく思ったが、同時に不安もある。


「戦えるのか?」

「私は帝国軍人です。ご命令とあらば」


 表情を固めて、ベルケは言う。


「ならば、命令だ。今回の作戦に航空隊は飛行船部隊と共に全力で協力せよ。ベルケ大佐」


 一つ上の階級で呼ばれたベルケは、目を見開いたがやがて憮然とした。

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