第193話 帝国の存在意義

「封鎖線を解除出来れば戦争を継続できるのだろう」


 インゲノール大将の作戦説明のあと自信たっぷりに参謀総長が軍務大臣に向かって言う。


「そう言ったが」


 反論しようとして参謀長は黙り込んだ。

 封鎖線を解除しても、帝国に穀物を輸出してくれる国があるだろうか。これまでの貿易相手は全て敵国になってしまった。

 唯一メイフラワー合衆国が中立で物資の輸出をしてくれるが広い大洋があり、輸送効率は落ちる。

 帝国まで十分な量の穀物、数千万人の帝国民を養う、一日当たり数十万トンの穀物を輸出してくれるのか、そもそもそれだけの穀物があるのだろうか。輸送手段が、保有船舶が限られている中で、輸入出来るのか疑問だった。

 しかも、開戦初頭の帝国の行為、中立国侵犯などで帝国には悪評が立っている。

 捕虜への労働はもちろんだが食糧配給が滞っているため収容所内でも飢えが広がっている。国際団体がこの状況を見て捕虜虐待と訴えており、帝国の印象は更に悪化している。

 非人道的な帝国に食料を売ってくれるだろうか。

 帝国の協力者と見られる危険を甘受してまで売ってくれるのだろうか。

 中立国が被る悪評を上回る利益を帝国は提供できない。

 国力の全てを戦争につぎ込んでいるのだから、他国へ回す余裕がない。

 たとええ、自分たちが食べるパンの小麦を買うためだとしてもだ。

 そんな事をすれば、前線に回す力がなくなり、連合軍の攻勢を受け止められず帝国軍は崩壊してしまう。

 既に帝国は余裕がないところまで来ている。

 全ての問題を解決するには即時講和しかない。

 だが、参謀総長はそこまで頭が回っていない。


「封鎖線を排除し、海外との貿易を再開すれば良いのだろう。そうすれば希少金属が手に入り、武器が増産できて、攻勢に出られる」


 参謀総長の言葉に軍務大臣も内務大臣も絶句した。

 攻勢に出ることしか、勝って問題を解決する事しか考えていない。

 軍人にならば戦って勝つことだけ考えれば良いかもしれない。

 だが、勝てたとしても、封鎖線を解除しても物資が手に入るとは限らない。手に入れられない可能性が高い。

 必要物資が手に入らなければ、帝国は崩壊する。

 軍人であっても大臣として軍務大臣は帝国の維持を、帝国民の生命、財産を守らなければならないし、国内の経済を維持することも考えないとならない。

 軍の維持も必要だが、その原資となるのは帝国の経済と国民だ。

 その経済を蝕むほど軍事へ投入するのは建物の土台を浸食するのと同じであり、やがて巨大化した建物ごと潰れてしまう。

 巨大な軍隊諸共、帝国が押し潰される恐怖が軍務大臣と内務大臣の脳裏によぎった。


「国民を死に絶えさせて良いのか」

「外国に帝国を蹂躙されて良いのか!」


 参謀総長の言葉に軍務大臣と内務大臣は、黙り込んだ。

 かつて諸国民戦争で、帝国は国土を蹂躙された。

 強大な軍事大国に帝国がなったのは諸外国に蹂躙されない強い国になるためだった。

 再び、国土を諸外国の軍隊に土足で踏みにじられないために。

 その恐怖は理性よりも奥深い民族的な本能である。

 国土を蹂躙される、と言われてしまったら軍務大臣も内務大臣も大臣以前に帝国人として黙り込むしか無かった。


「帝国を存続させるためにもこの戦争に勝たなければならない。そのために敵を撃滅しなければならないのだ」


 再び沈黙が走った。

 戦争を続けたら帝国は滅びる。

 しかし、即時講和を求めたら、和平条件と言って過酷な要求を連合国は突きつけ、ハイエナのように連合国がよってたかって帝国を食い荒らすことも目に見えている。

 だから参謀総長に誰も反対意見を言えなかった。


「陛下、ご裁可を」


 誰も反論できない様子を見て最後に参謀総長は帝国皇帝に決断を求めた。

 帝国において最高の権力者である皇帝もまた帝国人であり、誰よりも帝国の存在意義を理解する人物だった。

 参謀総長の提案を拒絶する事は出来なかった。

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