第192話 インゲノール大将の作戦

 参謀総長は部屋の外で待機していた外洋艦隊司令長官インゲノール大将を呼んだ。

 海軍から呼ばれていたインゲノール大将は積極派で大規模な艦隊行動を行うべきと主張している軍人だった。


「インゲノール大将、君の作戦を説明したまえ」

「はい」


 インゲノール大将は海軍軍人らしい洗練された動作で机の上に海図を広げ、説明を始めた。


「王国海軍は強大です。特に王国のほぼ全ての最新戦艦を集結させた大艦隊が帝国正面に置かれています。封鎖線は軽巡や駆逐艦が中心ですが、背後に大艦隊が控えており、封鎖線を排除しようとすれば、この大艦隊が迎撃に出てきます」


 帝国が封鎖線を排除できない大きな理由が、王国の大艦隊だ。

 戦艦二九隻、巡洋戦艦七隻、更に高速戦艦が戦列に加わりつつある大規模な艦隊で、帝国が保有する外洋艦隊以上の戦力を持っている。

 これを撃破することはほぼ不可能に等しい。


「当然一撃で仕留めることは出来ません。そこで、大艦隊を出撃させ分断、各個撃破を繰り返し漸減してゆき、戦力比が逆転したとき決戦に挑みます」


 強大な敵を相手に劣勢な軍隊が挑む時の戦いは、敵を各個分散して順次撃破していく、各個撃破、漸減以外に方法はない。

 これまで行われなかったのは、外洋艦隊が世界進出を目論む皇帝の重要な道具であり傷つくことを恐れたからだ。

 だが、帝国が窮地に陥っており、封鎖線を解除しなければどうしようもない状況に追い込まれているため、最早、出し惜しみしている状況でないこともあった。

 だから、外洋艦隊の出撃が許され作戦が立案され、積極的なインゲノール大将を司令長官に任命した。

 積極的なインゲノール大将の作戦方針は常識的だったが、軍事の常識故に、相手も対策を立てやすかった。


「王国海軍が簡単に戦力を小出しにしてくるのか? 行動する時は大艦隊が全力で出てくるのではないか?」


 軍務大臣が不安を口にする。

 小出しに戦力を出すのは各個撃破の危険があり出来るだけ纏まって行動するのが海軍に限らず軍事の常識だ。

 大臣であるが軍人である軍務大臣の意見は、真っ当なものだった。

 だがインゲノール大将は底も織り込み済みだった。


「今回の標的は偵察の中心となる巡洋戦艦部隊です」


 巡洋戦艦は巡洋艦以下を撃退できるよう戦艦から装甲を取り外し速力を上げている。

 主砲は戦艦のままなので、巡洋艦の射程外から一方的に攻撃できるし、速力も上回っているので最適だ。


「初めのうちは彼らを罠にはめます。彼らが出てきたところを我らが攻撃します」

「だが、巡洋戦艦も強力だろう」


 巡洋戦艦の数はなんとか互角だが、新たに就役した防御力も強化された高速戦艦も加われば帝国外洋艦隊の方が劣勢だ。


「勿論承知しています」


 インゲノール大将は認めた。だが、海軍の専門家である彼も承知の上であり、対応策を立てていた。


「そこで我が海軍が保有する装甲巡洋艦を洋上へ出撃させ通商破壊に出します。装甲巡洋艦を仕留めるには巡洋戦艦が最適ですから、王国は必ず巡洋戦艦部隊を出していくでしょう」


 旧式になった装甲巡洋艦だが、砲力は強力であり普通の巡洋艦や駆逐艦では対抗できない。

 また旧式とはいえ戦艦とほぼ同等の速力なので追いつきにくい。

 高速で圧倒的な砲力を持つ巡洋戦艦が向かうのは簡単に予想できる。


「敵の巡洋戦艦が装甲巡洋艦討伐に出動し、手薄になったところで我が外洋艦隊が出撃。巡洋戦艦部隊は王国本土へ砲撃を行います。迎撃に出てくる敵大艦隊、特に速力に秀でるため先行するであろう数の少なくなった巡洋戦艦部隊と接触。彼らを我が外洋艦隊主力の懐へ誘引し、包囲撃滅します」

「王国海軍が簡単に出撃してくるのか」


 軍務大臣は不安そうにインゲノール大将に問題点を尋ねる。


「見敵必殺をモットーとする王国海軍は必ず出てくるでしょう。本土を攻撃されたとあらば撃破するために必ず」

「大艦隊を捕捉できるのか? そもそも王国本土への攻撃は危険では? この前の砲撃では我が方にも被害が出ているぞ」


 先日も王国本土への砲撃を決行した帝国海軍外洋艦隊だったが、王国海軍に待ち伏せされてしまった。

 その時、速力の遅い装甲巡洋艦が離脱に失敗し王国海軍の攻撃を受けて沈んでいる。

 軍務大臣は二の舞にならないか心配していたが、インゲノール大将は懸念を払拭するように作戦を説明した。


「海軍及び陸軍の飛行船、及び潜水艦を洋上に展開。大艦隊の位置を常に把握し、敵艦隊を効率的に誘い込みます。立体的な偵察を行い敵の所在を的確に把握いたします」

「飛行船か」


 上手くいくかもしれないという雰囲気が会議の中に広がった。

 今回の戦争で大々的に投入されている航空戦力なら何かしら成果を上げてくれるかもしれないという期待感があった。

 先のカルタゴニア大陸でも成果を上げており、航空戦力投入という言葉だけで勝てるような気分を参加者は感じた。


「出てこなかったら?」


 だが冷静な軍務大臣は冷ややかな声で聞き返した。だがインゲノール大将は気にせず大きな声で答えた。


「そのまま北上し王国海軍の封鎖線を破壊。海上封鎖を解除します」


 自信満々にインゲノール大将は答えた。


「敵が出てくるまで徹底的に破壊します。敵大艦隊が出撃してくるまで、これを繰り返し優位な状況で攻撃を仕掛け、一方的に沈め、漸減し優位に立ったところで決戦を挑みます」

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