第190話 行き詰まる帝国
「希少金属?」
「ニッケルやマンガンなどの金属だ。これらを鉄に混ぜることで純粋な鋼より軽量にして強度の高い合金が出来る。高性能な兵器には必要不可欠だ。その希少金属が帝国では殆ど手に入らない」
軍務大臣の言葉を補足するように内務大臣が説明する。
「既に希少金属の備蓄は底を突きまました。原材料が無いため兵器生産は低下します。代替品の開発を進めていますが、強度が低下するので性能が低下するのは確実です。前と同じ強度を持たせようとすれば、重くなります」
「性能の低い武器で戦えるか」
武器は重いというイメージがあるが、できるだけ軽くなるように作られている。
確かに火薬を使う為、頑丈にするので重いが、あれでも出来るだけ軽くしている。
持ち運び扱うのは兵士であり人間である。彼らが、重たい武器を担いで歩くと疲労が激しくなる。
兵士の日常は、殆どが夏休み前の小学生の如く、大量の武器を背負い行軍することである。
その武器が重いのでは、疲労困憊で戦う前に戦闘不能になってしまう。
だから軽量で強い金属合金を使用しているが、合金は希少金属を使っている。
希少金属がなければ強度は下がりその分、強固にするため金属をより多く使うので重くなる。
結果、兵士の負担は大きくなり、戦力は低下する。
「その高性能の武器を作り出す原材料がないのです。工場は、加工することしか出来ません。原料が無いものを作り出すことは出来ません」
怒る参謀総長に内務大臣は言い返し、話し続けた。
「労働力不足による食糧不足、希少金属の不足。これらの問題を解決するには即時停戦し、穀物と希少金属の輸入を再開し供給を上げるしかありません」
「穀物の販売を統制すれば良いだろう。配給制にしろ」
「配給計画は既に計画しています。しかし貴族からの反対を受けており実効は困難です。既に実施している価格統制だけで社会主義的と言われており、更に厳しい配給制の実施は難しくなっています」
帝国の貴族は農園を所有し、経営することが美徳とされた。
農園の収入源である農産物を高値で売却できる機会を奪われた貴族は不満を高めていた。
近年は海外からの輸入と農業技術の進歩によって農作物の価格が低下しており、経営が苦しくなっている。
貴族の大半が軍の士官や官僚へ進むのも農園の経営が苦しいためだ。
その貴族が中心になっている軍の士官達が帝国への不満を持つのは参謀総長も避けたい。
「庶民に行き渡りやすいようにする価格の制限へも反発しているか」
ぐうの音も出なくなり、参謀総長は皮肉をいう。
「社会主義者は喜んでいるだろうな。安い価格で食料を手に入れようと主張していたのだからな」
「ええ、労働者にも帝国の政策への不満が高まっていますから。社会主義者への支持が貧困層を中心に高まっていると警察から報告が入っています」
溜息を吐くように警察も所管する内務大臣は報告する。
「国家が指定する食料は価格は高い、量は少ない。食料や徴兵、挑発、統制経済に対する不満から社会主義者の扇動で労働者達がストライキや暴動を起こしています」
開戦して暫くは戦いの興奮と愛国心で戦争を国民は支持した。
だが戦況の悪化と、前線への徴兵と物資の徴発で食料不足が本格化すると不満が高まってきていた。
「鎮圧すれば良いだろう」
「どうやってだ?」
軍務大臣は参謀総長に尋ねた。
「既に前線に全兵力を貼り付けている。余分な兵力は無いだろう」
「後方で訓練中、再編成中の部隊を使えばよい。棍棒や投石しか持たない暴徒程度など、新兵の銃剣で十分。むしろ実戦前の良い訓練になる」
「軍が国民に銃を向けるのか? そもそも銃剣で工場へ追い返したとして彼らは生産してくれるか? 彼らは食料を求めているのに、食料を与えず追い返して働いてくれるか? いやそのまえに働けるのか? 腹を空かせた兵が突撃できるのか? 空腹で武器が作れるか? 新兵に与える銃剣さえ調達できるか? このままでは怪しいぞ。今のところは代替品だが、そのうち剣先が曲がるような粗悪品になるぞ」
「むぐっ」
軍務大臣の言葉に参謀総長は言葉を詰まらせた。
重い沈黙が部屋の中を支配する中、軍務大臣は意見を――誰もが口にするのを憚っていた意見を口にした。
「これ以上の戦闘継続は難しい。このままでは全てを失う、帝国が崩壊してしまう」
「今後数年は食糧供給に影響が出ますが、今ならまだ最小限の被害で防げます。労働力が戻らなければ帝国は回りません」
軍務大臣に続いて内務大臣がうつむき加減に言う。
援護射撃を得た軍務大臣は結論を述べるように、誰もが言えなかった事を言い始めた。
「今までの損害は大きいが、残されたものを守るためには、帝国が生き残るためには即時講和しかない」
「勝利しなければ残されたものも奪われるぞ」
内務大臣と軍務大臣の耳の痛い言葉に参謀総長は吠え尋ね返した。
「そもそも即時講和にどのような代償が必要なのだ」
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