第189話 工業大国ハイデルベルク帝国 その実態

 帝国は統一される前から富国強兵を名目に、近代兵器を生み出す重工業に多額の投資を行ってきた。

 数十年の努力の甲斐あって開戦直前には世界有数の工業大国となっており、王国に次ぐ二位の地位に就いていた。

 小規模とはいえ、航空産業を興し戦場に航空隊を送り込めたのは、この工業力会ってのことだ。

 だが、工業化の結果として工場の労働者が大量に必要であり、農業から工業へ、農村から工場へ人が移動していた。

 賃金や生産力は上がっていたが農業が衰退し、人口も多くなったことから食料自給率が低下していた。


「開戦時点で帝国は必要な穀物の半分以上を外国から輸入していました。ですが、その殆どが現在は敵国となり、輸入の道は閉ざされています。国家規格製パン一号に小麦の代わりに大麦のみならず、ジャガイモの粉を混ぜたのも穀物の不足を補うためです。ですがジャガイモの粉さえ不足しています。このままでは価格が高騰し庶民の手には入らないでしょう」

「最高価格を定めただろう」


 値上げで国民に生活必需品が行き届くように、不満が高まらないように、帝国は開戦してから一部の品物に価格の上限を設けていた。


「残念ながら最高価格の設定は各領邦、各州――自治体に任せており、州によってばらつきがあります。そのため転売によって富を得る者があとを絶ちません。各自治体もパンを手に入れるため――隣接州からパンが流入するのを狙って最高価格を上げる事を繰り返しています」

「帝国が一律で定めれば良いだろう」

「無理だ」


 参謀総長が内務大臣へ向けた怒鳴り声を、軍務大臣だが遮るように否定した。


「地方の所得がバラバラでは統一しても不公平になる。それに特定の商品の値段を固定すると、利潤が得られず他の高利潤の商品へ移るだけの、いたちごっこだ」

「どういうことだ?」

「法定価格のある小麦から法定価格がなく飼料としての価値があり不足して高騰していたカブへ転作する例が続出している。今は豚殺しで需要が下がりカブの価格は下がっているが、作られたカブが小麦に変わるわけではない。この冬は小麦ではなく余ったカブを食べて飢えを凌ぐ――カブの冬となるだろう」


 諦観したような口調で軍務大臣は話す。


「そもそもの話、食料生産のための人手を戦場に取られている。食料の増産など今後見込めない。絶対的な生産力が、人的資源が足りないのだ」

「何故、そんなに足りないのだ。戦前の計画では十分に戦えるハズだろう」


 通常国家は戦争前から予め戦争計画を策定しており、勝てるように戦争を行えるように準備している。戦争が当然といった世界であり、必要な備えである。

 それがここまで崩れた理由が参謀総長には理解できなかった。


「戦前の計画は短期決戦を行い、帝国が勝利した場合の話だ。短期戦に失敗し長期戦、それも兵力を最大限に動員して一年以上戦うなど考えた事も無い」


 兵士を最大限に動員して一年以上の総力戦をしたら、帝国が破産するのは目に見えており、やるはずがないと誰もが思っていた。

 しかし現在進行している戦争は、誰もがやるはずがないと考えていた戦争であり、悪夢が現実となっている。

 計画以上の作戦期間と動員数の上、予想以上の消耗、損害が発生している。

 しかも、あまりにも巨大になりすぎた総力戦は一部上層部を除いて全体を把握できない。

 敵に弱点を知られないよう軍事機密にされている部分が多いのも原因だが、規模が大きくなった上に飛行機を初めとする新兵器の投入などで過去の戦争では予想できない事態になっている。

 一体いくら予算が必要なのか、損害がどれだけ増えるのか、物資がどれだけ必要なのか誰も正確に予想できない。

 予想したとしても常に予想を上回っている事態。

 予想外の要因により思い通りに行かない事が多かった。

 そのため人手不足の理由を軍務大臣は、自身も確認するように述べ始めた。


「緒戦で第一軍が壊滅し、再編成のために追加の動員を行った。その後も塹壕戦で日々損耗が続いている。またヴォージュ要塞攻略戦で多数の死傷者が出て、補充の為にさらに徴兵と動員、工場の労働者を軍隊へ入れていった」


 動員により二十万もの大軍を失ってもすぐに損失を帝国軍は補填出来た。

 要塞戦での損害もある程度は回復することが出来た。

 だが、度重なる大量徴兵のために帝国の労働力を、国力を奪っていった。


「結果、労働力が不足している」

「捕虜や、占領地の住民を使えば良いだろう」

「国際法上、彼らを強制的に労働に従事させることは出来ない。それに労働意欲の低い彼らが、働いてくれるか? 禄に給料どころか食料さえ渡せない状態で働けるか?」


 緒戦で大量の捕虜を獲得していた。西部戦線は膠着状態だが東部戦線では快進撃が続いており、占領地も捕虜も多くを得ている。

 しかし国際法は捕虜や占領地の住民を保護するように求められている。国際法に反することをすれば中立国の帝国への心証が悪くなる。

 だが国民への食料さえ足りない状況で捕虜や占領地の住民に分けられる食料などない。


「人手がないよりマシだろう」

「もし上手くいったとしても、問題はそれだけでは無い」

「なんだ?」

「兵器生産の材料が不足している」

「鉄は十分にあるだろう」


 鉄は国家なり、とは帝国の初代宰相の言葉だ。

 鉄は全ての工業製品に使われており、兵器生産にも重要だ。

 だから帝国は製鉄に力を入れていた。

 幸い帝国は鉄鉱石と石炭が豊富に産出する地域を領有しており、製鉄業が盛んで鉄の生産能力が極めて高かった。

 鉄の生産量は王国を凌いでおり世界最高だった。

 だが軍務大臣は首を横に振った。


「残念だが、兵器生産には鉄だけでは足りない。希少金属が必要だ」

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