第188話 帝国大本営会議

 忠弥が洋上の封鎖線で空中戦を行う数日前、帝国軍の最高司令部である大本営において激論が繰り広げられていた。


「海上封鎖を解かない限り帝国は崩壊します」

「我らは負けていないぞ。敵地に乗り込み退かずに確保している」


 軍務大臣の意見に参謀総長が反論した。

 確かに参謀総長の言うとおり、開戦して以来、帝国は敵国の領土内へ足を踏み入れ本土へ侵入を許していない。

 いくつかの敗北はあったが、帝国は現在位置を確保している。

 特に東部戦線は、大公国の弱体化もあり、快進撃が続いている。

 しかし共和国と王国を相手にする西部戦線は、良くて膠着状態、悪く言えば――現実に即して言えば前進できない状態が続いた。

 しかし軍人として気弱なことを制服組トップの参謀総長が言うわけには言えなかった。

 だが軍政面――軍隊に武器弾薬をはじめとする物品を供給する責任を負う軍務大臣は首を横に振った。


「占領地がどれだけ広大かは重要ではない。戦い続けられるかが問題なのだ。既に我々は開戦前に備蓄していた弾薬を使い切った」

「増産は進んでいるのだろう」

「進んでいいるが、消費が激しすぎる。ヴォージュ要塞戦だけで六〇万トン以上の弾薬を消費している」


 かつて行われた帝国統一戦争、約一年ほどの全期間で使用された弾薬量と同じ量を一月に満たない要塞戦で使用した。

 開戦してからも会戦が続き、戦前の備蓄弾薬は尽きており、増産しながら戦っていた。

 その生産量は戦前の十倍以上となっている。


「戦争に勝利するための必要なことだ。そもそも軍備の育成、補給の責任者は軍務大臣の貴方だろう」

「理解しているが、これ以上の増産できない」

「これまで増産できていただろう」

「どこから原料を調達していると思っているのだ。平時にこれほど弾薬を消耗する事は無い。戦時になって整備したのだ。その分を原料をどこから持ってきたと思う?」

「知らん」

「肥料だ。肥料に使う硝酸やアンモニアを弾薬製造に転用している」

「十分に弾薬を供給出来ているじゃないか。農業で使う肥料を全て回せば更に増産できるだろう」

「そのために農村、農業への肥料供給に支障が出ている。詳しい事は内務大臣に」


 軍務大臣に説明を求められた内務大臣は説明を始めた。


「軍務大臣のおっしゃるとおり、弾薬生産に肥料を使われている結果、農業への肥料供給が減少。農産物の生産高は、例年の三分の二に減少すると予測されています」

「問題ないのでは? 先日飼料を大量に食べる家畜を処分し、家畜が食べる飼料となる穀物を人間への食料へ回したのだろう」

「アレは大失敗でした」

「何故だ。肉で美味くて、小麦は味が悪いと文句を言うのか?」

「確かに味も悪いと評判です。小麦が足りないので飼料である大麦などを使った国家規格製パン一号の売り上げは良くありません。それ以上に栄養が足りません」

「必要なカロリーは摂れるだろう」


 成人男性は一日に二四〇〇キロカロリーが必要とされる。

 これを供給出来なければ栄養失調、餓死に繋がる。

 国民を餓えさせないことが国家の、人の上に立物の責務である。

 戦場でも動けなくなった兵士は戦力になり得ないため、食料の配給、必要なエネルギーの配給は気を配っている。

 計算上では家畜を処分すれば飼料となるはずだった穀類、一キロの肉に対して七キロの穀物が必要な分、肉の七倍の穀物を人間の食料用として得られる。

 豊富な穀物で国民にも兵士にも十分なエネルギーが行き渡るはずだった。

 だが、内務大臣は首を横に振った。


「カロリーは摂れます。しかし、栄養素が偏っています。炭水化物のみで脂質やタンパク質が足りず、栄養のバランスが崩れ、いずれ国民は栄養失調になるでしょう」

「家畜を処分したのだから、大量に肉が余っているだろう。それを食えば、保存しておけば、しばらくは肉の供給は持つはずだ」

「処分した家畜から出た肉の大半が廃棄処分となりました」

「何故だ、何故そんなもったいない事をするんだ」

「家畜の処理に必要な人手がありません。生産の主力となる成年男性の殆どを徴兵により戦場に奪われています」


 数百万の軍隊を動員するために十代後半から二十代前半の男性――労働力となる人的資源が奪われたのだから仕方なかった。


「残された老人子供女性ではどうしても生産効率が落ちます。しかも、その貴重な人手も軍需工場へ砲弾生産に回されています。軍需工場の工員も動員により徴兵されましたから」


 工場の労働者も成人男性が奪われたために老人子供女性を動員するしかなかった。

 結果、農村から人が消えていく。


「現在は捕虜も動員して屠殺および精肉作業を行っていますが到底足りません。そこへ例年以上の家畜が送られてきたら、処理能力を超えることは目に見えています。処理できない分は腐らせてしまいます。家畜の一部を前線に送り、部隊で処理させたのは前線の方が労働力が多く処理能力があるためです」


 前線の配食の殆どが肉料理になった理由はそのような事情だった。

 ベルケ達もカルタゴニア大陸で受けた本国からの配給食料に豚肉が多かったのは、このためだ。


「しかし配送出来たのはほんの一部であり、大半は腐らせてしまいました。適切な処理が出来ませんから。ですが一番大きな問題は、今回の一件で急激に減少した家畜です。今後数年は家畜が減少したため肉類の生産は抑えられたままでしょう」


 家畜を生み出すのは家畜であり、その家畜が急減したのだから、来年以降生まれてくる家畜が減るのは当然だった。

 著しく数が減ってしまった家畜が増えるには年月がかかる。


「回復するまで国民の栄養バランスは崩れます。そもそも農作物も帝国では自給率が低いのです」

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