第187話 ワゴンホイール
忠弥の周りに集まり始めた皇国空軍戦闘機疾鷹は旋回を始めた。そして先頭の機体の真後ろに付いて環を描くように飛行を始める。
ワゴンホイールと呼ばれる戦術で、互いに背後を守ることが出来る。味方を撃墜しようと背後に付こうとする敵機を後ろの味方が撃退するのだ。
ベトナム戦争時北ベトナム軍がアメリカ軍に対して行った戦術であり、現代まで有効な基本空戦術とされている。
忠弥も劣勢になった場合、防御陣形として展開するように部下を訓練していた。
効果はてきめんで帝国軍は、不用意に攻撃しようと一機の背後に付こうとして逆に、後ろの機体に攻撃され撃退された。
「さて、反撃させて貰うよ」
そこへワゴンホシールから外れていた忠弥が帝国軍機に襲いかかる。
攻撃の機会をうかがっていた帝国軍は、編隊をかき乱され、混乱する。
標的を忠弥に変更するが自由自在に飛び回る忠弥を撃墜できない。
「忠弥! 助けに来たわよ!」
帝国軍が攻めあぐねているうちに、昴が率いるが駆けつけてきた。
忠弥の集結命令とその後の苦戦を知り飛び出してきた。
数的には帝国軍の方が優勢だったが、突然現れた昴の部隊に背後を襲われ、混乱し撤退した。
「追撃するわよ!」
「待つんだ!」
追いかけようとする昴を忠弥は止めた。
「どうしてよ」
「霧が接近している」
北の方から靄が立ちこめ、近づいてくるのが見えた。
「母艦が見えなくなると着艦できなくなる。帰還するんだ」
「了解」
母艦に着艦できないのも、霧で迷うのも勘弁したい昴は言うことを聞いて、部隊を反転させる。
忠弥も帰投命令を下し飛天に向かう。
「しかし、この時期になって帝国軍の艦艇が動き出すなんて」
帰還する途中で忠弥は訝しんだ。
開戦してから敵の海軍に動きは殆ど無かった。
しかし、ここに来て装甲巡洋艦が出撃していくというのは、今までに無い動きである。
「何か作戦を行う気なのか」
忠弥は飛天へ着艦すると考えながらブリッジに戻った。
だが、自分を見ている視線に気が付いた。
これまでと違った色、不安を見せている。
「司令」
バツが悪そうに草鹿中佐が言う。
「敵の戦力は増しています。今回は危ういことになりました」
「ベルケはかなりのやり手だからね。こちらの技術を奪い、採用し活用している。今後も危ういね」
「大丈夫でしょうか?」
そこで忠弥は気が付いた。
不安なのだ。今回明確に不利な状況に忠弥が置かれたことを。
これまで圧倒的な技術格差を元に戦ってきたのに、敵はすぐにその技術を取り入れて反撃してきている。
カルタゴニア大陸での作戦行動の結果もあり、忠弥の指揮能力に不安を抱いているのだ。
「心配ないよ」
忠弥は落ち着かせるように皆に言い聞かせた。
「技術は誰でも使う事が出来る。ベルケもだが、君たちも使える。私は有用な技術を作り出す。君たちが活用できるようにね。作り出した技術が十二分に活用できるかどうかは、君たちにかかっている」
「つまり我々次第だと?」
「そうだ」
戸惑いながら草鹿は尋ねると忠弥は笑顔で答えた。
「いくら新技術を作り出しても、新しい航空機を開発してもそれを活用するのは君たちだ。君たちが活用してくれると信じて託すよ」
飛行機は無数の技術の集積であり一人では飛ばすことは出来ない。
まして、多くの航空機を同時に運用する空軍は、一人で動かすなど不可能だ。
だから優秀な将兵、技術を理解し、工夫して活用しようとする自立心を持った人材が必要だ。
「その見込みがない人間を採用した覚えはない」
忠弥は多くの人員を採用したのも、同じ飛行機好きだからではない。
飛行機を飛ばすのを支えてくれる、それぞれの分野で最善を尽くしてくれると考えての事だった。
忠弥の信頼を聞き、乗員達はそれぞれの仕事に戻った。
任務を遂行するごとに自信が溢れてきた。
やはり頼りになる仲間だと忠弥は思った。
だが、彼らを戦場へ、死地に送り、時に死なせる事になる。
それが戦争である。
最近演技が出来るようになった忠弥は顔に出さなかったが、気が重かった。
そして、大きな戦闘が起きそうな予感がしていた。
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