第184話 空中空母機動戦の終わり

「上手く囮に引っかかってくれましたね」

「ああ、上手くいった」


 作戦成功にベルケは喜んだ。

 忠弥が飛行船母艦アルバトロスを執拗に狙っていることを利用し、忠弥の攻撃によって支援機能をほぼ喪失した飛行船母艦アルバトロスを囮に脱出しようというのだ。

 飛行船母艦アルバトロスの乗員二〇〇名は補給用飛行船に収容、離脱させる。

 その間、ベルケはカルタゴニアを率いて忠弥の乗る飛天に攻撃をしかけて足止め、囮へ攻撃が向かないようにした。

 同時に自分たちも逃げる時間を稼いだ。


「ルーディッケ少佐はよく承諾してくれましたね」

「船も大事だが、乗員の方が大事なのだろう」


 船乗りにとって船は命であり、かけがえのない存在だ。それを放棄し囮にしようなど、嫌がる。

 しかしルーディッケ少佐は現状をよく認識し、作戦に協力してくれた。 

 乗員へ的確に命令を下し迅速に乗り移らせてくれて助かった。


「急いで彼らと合流しよう」


 補給用飛行船二隻にはアルバトロスの乗員二〇〇名が分散して乗船している。

 平均体重七〇キロとして一四トンの追加重量は文字通り重荷だ。

 一部をカルタゴニアへ移さないと住環境が悪い。

 それに補給用飛行船にはカルタゴニアが必要とする燃料と予備機、予備部品、その他物資が乗っている。

 補給を受けないと本国へ帰還できない。

 既にベルケ達は目的を達成していたし、これ以上は損害ばかりで成果がない。

 ブリッジに移ったベルケは前方を見た。

 広大なカルタゴニア大陸が見えてきた。

 数ヶ月にわたり、この大陸を舞台にあちこちを飛び回り、連合軍を翻弄した。

 これは空前絶後の空中大機動戦だ。

 その戦いで成果を上げて、無事に帰還できることをベルケは喜んだ。

 だが、大戦はまだ続いており、新たな戦場へ行くことになる事をベルケは知っていた。

 そこに忠弥も来ることも。

 航空機が、その有用性を示し、威力を見せつけている昨今、航空技術の最先端に居る忠弥が、戦場に現れるのは明らかだった。

 忠弥の戦いぶりを思い出してベルケは背筋に寒気が走った。            


「厳しい戦いになるな」


 これからの戦いの事を考えると頭痛がしてくる。


「ああ、隊長。一つ頼みがあるんですが」


 難しい顔をしているベルケに移乗してきたルーディッケ少佐が話しかけてきた。


「何でしょうか?」

「乗せて貰っているのにただ乗りは心苦しいので、船から引き上げた物資でささやかな宴をしたいのですが。勿論、あなた方にも参加して貰いたい。そのために厨房をお借りしたい」

「構いませんよ。どうぞ」


 ベルケは気軽に言った。

 そして数十分後、格納庫で行われた宴会に度肝を抜かれた。


「……あの、これは私の分なのですか?」


 ベルケは与えられた皿を見てたまげた。

 分厚いステーキに十個の卵焼きがのっている。付け合わせもたっぷりで、ワインも一本付いていた。


「ええ、そうです隊長」


 ルーディッケ少佐は誇らしくも残念そうに言った。


「我らが飛行船母艦アルバトロスの成果であり、食料規則を守らずに食べられる最後の食事です」


 捕獲した商船が冷凍食料輸送船だったため食料庫として利用しており、アルバトロスの船内は非常に豊かな食生活を営めた。

 離艦に際してその一部を積み込んでいたのだが、カルタゴニアの冷凍庫の能力が足りず、格納庫などに放置されていた。

 勿体ないので、こうして調理されカルタゴニアの乗員にも配られることになったのだ。


「我らはよく戦い、戦果を上げたのです。恥ずかしくない行いをしました。だからこそ次の戦いに備えて英気を養うため、食べましょう」

「ええ、そうですね」


 昏い顔をしていたベルケは明るい顔で言う。

 そして、ワインの瓶をとりコルクを開けるとそのまま高々と掲げた。


「ジーク・ハイル!」

「マインラント・ユーバーアーレス!」


 ベルケとルーディッケが唱和すると部下達も大声で乾杯し、宴が始まった。




「ベルケに手玉に取られたか」


 北上する飛天の中で忠弥は自嘲気味に言う。

 フォルベック軍を逃し、命令に半ば反してプリンツ・ハイドリヒを逃がしてしまった。


「けど、ベルケのこれ以上の襲撃を止めたのでしょう」

「ああ、そこだけは誇って良いと思っている」


 飛行船母艦を破壊したことで、ベルケへの支援能力は無くなった。

 生き残っていたら更に遠くの連合軍の基地を襲撃されていた可能性が高い。

 王国と共和国は世界中に植民地を持っており、拠点になっているが航空機を配備されている場所はごく僅か。

 世界中のどこかの基地を攻撃され放題となっただろう。

 だが、飛行船母艦を仕留めたことで、補給は断たれ、遠距離攻撃は不可能になった。

 補給用飛行船を本国から飛ばすにも限界はあるし阻止するための対策も整えつつある。

 今後襲撃があっても一回か二回限り、それも小規模だろう。

 ベルケは帝国へ無事に帰還することを考えているハズだ。

 途中で捕捉できれば良いのだが、追いつけるかどうか微妙だし、捕捉出来ない可能性が高い。


「こちらも限界に近い。本国に戻って整備しないと」


 何ヶ月もベルケを追いかけて連続稼働している。そろそろエンジンのオーバーホールをしないと機関故障で漂流することになりかねない。


「旧大陸もきな臭くなっている。引き時だ」


 帝国の植民地領はフォルベック軍を始めまだ健在だ。だが、彼らは航空戦力が無く連合軍に追い詰められている。今後は、各地の侵攻部隊に配備された航空部隊によって追い詰められるだろう。

 忠弥の仕事は終わったと言って良い。


「さて、帰るか。その前にゆっくりさせて貰おう」


 カルタゴニア大陸での戦闘は終わったが、大戦は続いている。

 忠弥も次の戦闘に備えて、おそらくベルケを相手にするであろう戦場へ行く前に休むことにした。

 制帽を顔に掛けてイビキをかき始めた忠弥に、昴はそっと毛布を掛けた。      

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