第177話 補給を断つ忠弥

「ベルケは離脱することを考えているハズだ」


 忠弥は飛天の作戦室で皆に伝えた。


 幸い、先の戦いで被弾した越天は、仮の風船を付けて艦首を上昇させて離脱し本国に向かっている。

 無事到着出来るかは賭けだが、修復の見込みはある。

 だが、これ以上被害を受けるのは危険だ。


「一隻欠いている状態だが、それは向こうも同じ。ベルケに本国に帰られると面倒なので、ここで勝負を決めよう」

「どうやって?」

「いくつか手は打っている」


 忠弥は昴に説明した。


「既に一部の飛行船を帝国と大陸の間で哨戒させているし、対空監視も行っている」


 雄飛級飛行船――飛天型より小型で偵察を主とし航空機四機を搭載している。

 彼らを帝国とカルタゴニア大陸への空路に配置して哨戒させることで、帝国の補給用飛行船を撃墜させていた。

 既に二隻の補給用飛行船を撃墜しており、更なる損害を恐れた帝国は新たな補給用飛行船を送ることを断念していた。


「ベルケへの補給を僕たちは断っている。補給手段が現状飛行船以外ないベルケはこれで根を上げるはずだ。いくらベルケが優秀でも燃料が無ければ、飛行機を飛ばすことは出来ない」


 第二次大戦で大空を飛び回った零戦もメッサーシュミットも末期は燃料不足で満足に飛べなくなった。

 航空機の燃料を補充できなくするのは空軍戦略として当然だった。


「節約とかするんじゃ? 飛ぶ回数を減らせば、少しは持つでしょう」

「なら余計に嬉しいよ。その分弱くなる」

「どうして?」

「昴、数日数週間飛行しなかったあと、飛んだらどうなる?」

「飛ぶ感覚を忘れるから、多少戸惑うわね」

「その通り、昴でさえそうなんだ。大半のパイロットは同じ状態になる。そして実戦で戸惑いが消えるまでどれくらい掛かるかな? 最悪、空戦に入った時に感覚が戻らないこともあるだろうね。そんなパイロットが操る機体は簡単に手玉に取れる」


 人間は空を飛ぶようには出来ていない。

 しばらく空を飛んでいないと、プロでも飛ぶ感覚を忘れる。

 それが一秒の油断が命取りになる空戦ならなおさらだ。

 連日飛行するのは大変だが、少なくとも一日おきに訓練と哨戒を兼ねて飛ぶようにスケジュールを忠弥は組んでいた。

 哨戒、練習といえど空を飛ぶのだから、燃料を消費する。

 かといって飛ばなければ、腕は落ちてしまう。


「ベルケは燃料補給の見込みが立たないので、飛行回数を制限するなら、部下の腕は落ちる。部隊としての練度は落ちるから、僕たちが少しは優位に立てるはずだ」


 空軍は戦闘力が大きく、持っていると優位だが金食い虫だし、維持に多大な労力を必要とする。

 維持が出来なくなれば、練度も、戦力も低下する。


「報告です。味方の基地が襲撃されたそうです。フォルベック将軍の部隊を追跡していた味方も接触と攻撃を受けています」


 通信が新たな報告を出してきた。


「全然、節約している様子がないわね」

「飛行船母艦の燃料を使っているな」


 船舶は飛行船とは比べものにならないくらいの荷物を運べる。

 一般的な船舶でも三〇〇〇トンの貨物を運べる。仮に三分の一を航空機への補給用燃料にすると一〇〇〇トン。燃料消費が二〇〇キロとして五〇〇〇機の航空機を満タンに出来る。

 現状、ベルケが最大で運用できる飛行機は四〇機程度。他に陸上に一〇機前後。

 五〇機の機体が百回分は飛べるだけの燃料を飛行船母船が持っている。

 ちなみに輸送用の飛行船の積載量は六〇トン、最大で一〇〇トン程度と考えられている。

 大した量だが、最大でも船舶の三〇分の一。

 とても全てを飛行船で、賄えるとは思えない。


「飛行船母艦を撃破する必要がある」


 補給基地として飛行船母艦を利用されたら何時までも襲撃され続ける。

 ここで元凶を断ち切る必要があった。


「敵飛行船母艦の位置を見つけ出すんだ」

「司令、海軍より、要請が入りました」

「海軍が? 何の用だ?」

「ハイデルベルク帝国海軍装甲巡洋艦プリンツ・ハイドリヒの捜索を手伝って欲しいとの事です」


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