第176話 ベルケ達の状況

「負けたな」


 ベルケは、カルタゴニアに着艦すると幹部を士官室に集めさせた。その席上で全員に告げた。

 ベルケの言葉を聞いたパイロット達に動揺が走る。


「待って下さい」


 エーペンシュタインが異を唱えた。


「我々は作戦任務を完遂しました。奇襲には成功しフォルベック将軍の軍勢は逃げることが出来ました。負けでは」


「確かに作戦は成功した。だが我々は戦力の要であるカルタゴニア級飛行船一隻を失っている。航空機の投棄も多い」


 ベルケの言葉にエーペンシュタイン達は先ほどまでの光景を思い出した。

 連合軍の空中空母を一隻撃墜した事はベルケ達にも伝わり、乗員の間では歓声が上がった。

 だが一時的な物だった。


「パイロットの収容急げ! 終わったら機体を投棄する!」


 攻撃終了後、航空隊を収容していたカルタゴニアの格納庫内に整備長の悲鳴にも似た命令が下る。

 外には着艦を待っている航空機がいる。

 母艦が一隻墜落し、その艦載機が空を飛んでいる。彼らを収容しなければ、いずれ墜落する。

 しかしカルタゴニアも、残ったもう一隻の母艦ヌミディアも既に格納庫は満杯だった。

 そのため、被弾した機体や戦闘不能の機体を投棄したのだが、それでも入りきらない。

 緊急処置として無事な機体も、着艦しパイロットを回収したらそのまま投棄する処置が行われていた。

 越天に爆弾を命中させたパイロット、ウーデット中尉の機体も例外ではなかった。最後に収容された機体だったため投棄された。

 騎兵隊から転属してきたパイロットが多く、愛機を愛馬のように扱う気風が航空隊にはあり、まだ動かせる機体を捨てるのは忸怩たる思いが強かった。

 特に航空戦力の増強に心を砕いてきたベルケの心情は辛いの一言では表せないほどだ。


「ですが、こちらも皇国の飛行船一隻を撃墜しております。負けてはいません」

「皇国ならばすぐに新しい飛行船を建造して投入できるだろう。我々はどうだ?」

「それは……」


 ベルケの指摘にエーペンシュタインは言葉が詰まった。

 戦況が思わしくない帝国では新たなカルタゴニア級飛行船を建造して投入されるか怪しい。

 戦力が補充されない状況では、損失を被った方が負けだ。

 損害が補充を上回る、補充に比して損害が大きい方が負けるのが消耗戦であり総力戦だ。

 生産力で劣る帝国ではカルタゴニア級飛行船一隻を失うのは、かなり痛い損失だ。

 王国本土空爆に使われている爆撃用の飛行船が何隻もの損失を出しているのに大げさに言っているように聞こえるだろう。

 だが、爆弾を落とすだけの飛行船とカルタゴニア級飛行船では比べものにならないくらい重みが違う。

 空中航空母艦とでも言うべきカルタゴニア級飛行船は、航空機を運用するために通常の飛行船より巨大で、搭載機を整備するための特殊な機材を搭載している。

 そして目玉である航空機を二十機ほど搭載し、搭乗員も乗っている。飛行機と搭乗員を支援する整備員や医官など特殊な技能を持つ乗員が乗っている。

 彼らを訓練するのに、どれだけの時間と費用がかかるかを考えると一隻を喪失しただけで、非常に大きな損失だ。

 とても王国本土爆撃に使われている飛行船と同列に扱うことなど出来ない。

 特にベルケが寝食を共にして育て上げたパイロット達は代えることが出来ないくらい貴重だ。


「戦力増強競争をしているわけではないし、そのような余裕もない。新たに増強される見込みなどない」


 そもそも主戦線でないカルタゴニア大陸へ帝国も連合軍もこれ以上戦力を投入する事は無いだろう。

 むしろ、連合軍を十分すぎる程引き寄せている。

 これ以上ない程の戦果だ。

 そしてこれ以上の戦果を挙げられる目星はない、いや可能性はゼロと言って良いだろう。

 忠弥が連合軍の膨大な国力を使えるのに対して、帝国の限られた国力からようやく得られたカルタゴニア級飛行船。

 機動力を以て、植民地の間を行き来し制空権を確保し、彼らの交戦を支援し、連合軍の戦力を引きつけるのが作戦だった。

 途中、空中発進の方法を見つけ、実装することで敵の弱点へ突入し、航空機による奇襲作戦を行うという段階にパラダイムシフトし、思いがけない戦果を挙げた。

 だが、連合軍の戦力が増強された今後は同じような戦果を挙げることは出来ない。

 むしろ当初の目的の状況、連合軍の戦力を引きつける事が出来た以上、作戦は満了したとみるべきだ。


「最早我々の作戦は成功したと見なすべきだ。これ以上の行動は損害をいたずらに増やすだけだ。あとはどうやって引き際を見極め、離脱するかを考えるべきだろう」


 南東領のフォルベック将軍はまだ健在だが、航空支援が行えるかどうか、不明だ。

 ルシタニア領に飛行場適地が見つかるか不明だし、あったとしても連合軍の監視や空爆を受けてしまう。

 これ以上、航空機を投入するのは損失を増やすだけだ。

 補給用飛行船の撃墜も多くなっている。

 補給も見込めない。

 これ以上の作戦遂行は難しいだろう。


「今後は大陸からの離脱、本国への帰還を考える。皆、準備をしてくれ」

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