第175話 剣豪海軍軍人
「ここは通さん!」
墜落した越天を守るように立ち塞がり日の光を受けて輝く刀身を突き出し、鋭い眼光でフォルベック軍を睨み付ける。
その気迫にフォルベック軍の現地兵士達は突っ込むのを躊躇した。
「ぐおおおっっっ」
下士官の一人が銃剣を突き立てて迫る。
草鹿中佐は慌てること無く冷静に刀で銃剣をはじくと、突きを繰り出して跳ね返す。
吹き飛ばされた下士官は兵士達の中に、たたき返され倒れた。
「か、艦長! 無茶です!」
「俺より艦の復旧急げ! 空中戦は無理だが地上の接近戦なら剣を持っていれば俺は負けん!」
現役海軍軍人ながら山鉄流剣術の第四代宗家を若くして継承している草鹿中佐だった。
山鉄流剣術は短く重い刀を使い、打ち込みに全力を掛けるスタイルだ。
打ち込み稽古も激しく、鍛錬は脳へのダメージが大きすぎると苦言を呈される程だ。
その分攻撃は強く、接近戦では強い。
大量の水素を詰め込んだ飛行船が背後にあり双方火器を使えない接近戦だけの状況では草鹿の方が有利だった。
ただ刀一本のみを使う異国の軍人の気迫に現地兵達は攻めあぐね取り囲むだけだった。
だが、長くは続かなかった。
「友軍を助けろ!」
ようやく連合軍の地上部隊が駆けつけてきた。
側面を突かれた帝国軍部隊は銃に弾を装填していなかったこともあり、容易く潰走し、味方部隊に向かって撤退していった。
「すげえ艦長……」
鬼神のごとく草鹿が戦っている姿を見た越天の乗組員は尊敬の視線を向けていた。
「何とか守り切れた」
草鹿は冷や汗を気づかれないように流した。
向こうが水素への引火を恐れて発砲しなかったのが幸いした。
討ってこないことを見てもしやと思ったが予想通りで良かった。
実戦さながらの稽古をよしとする山鉄流剣術だが実戦はやはり違う。
立ち稽古、一四〇〇試合を七日間掛けて行う過酷な稽古をこなしたこともある草鹿中佐だったが、実戦はやはり違い、興奮を抑え平静さを保つだけで精一杯だった。
それでも彼は指揮した。
「艦の修理を急げ! 少なくとも回航できるように修繕しろ」
「宜候!」
草鹿の奮闘を見た乗員達は奮起して、修理を開始。
その後、なんとか浮上できるまでに機能を回復させることができた。
「無事に切り抜けてくれたか」
上空から援護していた忠弥は帝国軍が撤退し草鹿をはじめ越天の乗組員が無事なことを喜んだ。
「全艦に通達。艦載機を全機収容! 収容できない機体は空中給油を受けながら地上の飛行場へ行け、反転する!」
忠弥は飛天に戻ると撤収の指揮を始めた。
一隻が墜落し、攻撃隊全機を収容出来なくなった。収容出来ない機体は陸上の飛行場へ着陸させるしかない。
少し離れているが、味方の飛行場がある。
空中給油を行えば、生き残った機体は到着できるだろう。
「ベルケ達を追わないの?」
昴が話しかけた。
「無理だね」
ベルケ達への追撃はしない。
また同じように、攻撃隊に紛れて奇襲されることもあり得る。
「空中空母同士の交戦は考えていなかった。初めから考えていればこのような状況にならずに済んだハズなのに」
何か対策を立てていれば防げたミスだった。それを怠ったために越天は墜落してしまった。
対策を立てないと、残りの二隻も損害を受けてしまう。
不用意に追撃して同じ悲劇を繰り返すことなど出来なかった。
それに一隻を撃沈されて飛行船の乗員の間に自分も落とされるのでは無いかという恐怖が拡がっている。
特に防御機銃の機銃員の緊張は凄まじく、飛んでくる機体を敵と勘違いして味方を撃つ事故も発生している。
幸い、撃墜された機体は無かったが、被弾して修理の必要な機体が出ている。
抜本的な立て直しが必要だと忠弥は考え、ここが引き際と考え離脱させた。
「負けだね」
忠弥は小さく呟いた。
経験不足とは言え、空中空母一隻を失った。
何より、ベルケの戦力を撃滅できなかった。
逃げ回る帝国軍、ベルケを押さえることで作戦を決着させるハズだった。
ベルケが行動し難くなるように補給用飛行船を仕留めたり、飛行船母艦を奪ったりするよう動き、補給を断っている。
しかし、戦力の要であるベルケの飛行船が自由に動いているのを止めることは出来ていない。
厳しい戦いになっている事に忠弥は気を引き締め直した。
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