第174話 越天被弾

「畜生!」


 越天で爆発が起きたのを見て忠弥は叫ぶ。

 攻撃したアルバトロス戦闘機を撃墜したかったが、攻撃されて混乱した飛行船団は周囲に弾幕射撃を行っている。

 味方の識別さえ出来ない混乱で、忠弥が狙われた程だ。


「持ってくれよ!」


 近づけない忠弥は越天が自力で立ち直ることを祈った。

 そして越天はそれに応えた。


「スプリンクラー全力作動! 総員応急作業にかかれ!」


 奇襲を許したが、越天臨時艦長である草鹿中佐は直ちに応急処置を命令し、乗員は行動した。

 バラストタンクからポンプでスプリンクラーに水を送り気嚢の火の勢いを抑えつつ、周囲に延焼する事を防ぐ。


「取舵一杯! 艦首を風下に向けよ! 全エンジン逆進!」


 草鹿中佐の指示で越天は風下に向かって艦首を向ける。

 更にプロペラの逆進が命じられ、火が飛行船全体に燃え移らないよう、最悪でも前部のみに被害が収まるよう、火の勢いを船首に向けさせた。

 スプリンクラーによる放水の甲斐あって越天の火は徐々に消えて行き、延焼も起きず船体上部の一部が骨組みが見えるほど破けた以外は大丈夫そうだった。


「火災鎮火。延焼はありません」

「助かったようだな」


 だが安堵できたのもそこまでだった。

 消火した越天は進路を味方の陣地に向けて変更し飛行を続けようとした。

 飛行船を維持する骨組みを一部損壊、更に浮力となる気嚢を二つも失ってしまった。

 残った部分に荷重がかかり、徐々に骨組みを軋ませていく。


「重量物を投棄せよ。できる限り高度も下げて味方部隊へ行け」


 草鹿中佐も気が付いて、重量物の投棄を命令し、あらゆる物――予備燃料、バラスト水、武器弾薬、早々に収容した疾鷹、格納庫に残っていた予備機、故障により置いておかれた機体まで捨てて船体を軽くし加重を少なくしようとする。

 だが、中間の二つの気嚢が浮力を喪失したことで、前後にアンバランスな浮力が生まれ、航空機搭載能力獲得のため多数の装備を搭載していたため通常より重い越天の自重に耐えられなかった。

 飛行船重さに耐えられず被弾部分から、くの字に折れる。

 ひしゃげた船体は、前部がとれて仕舞う。

 前部が無くなり、残った船体は前からカルタゴニア大陸の大地に落ちていった。

 幸いにも草鹿中佐が早い内から高度を下げていたこともあり、ショックは少ないようだった。

 乗員の死傷者は最低限で済むだろう。

 だが、あれほどの損害を受けてしまっては、とても戦闘など不可能だ。

 前に仮の気嚢を付けて、本国に帰還できるかどうか怪しい。

 しかも追撃に夢中で味方の部隊から離れた飛行船機動部隊はフォルベック将軍の部隊の近くまで来てしまっている。

 敵の一部が気が付いて越天に向かっている。

 越天の墜落と危機を忠弥は命じた。


「総員! 越天の援護にかかれ!」


 集まってくるフォルベック将軍の部隊へ機銃掃射を忠弥は行った。

 越天に近づけないようにするためだが、帝国軍の数が多く、全てを防ぎきれない。

 空襲の間隙を縫って敵兵数人が越天に取り付いた。


「しまった! 草鹿中佐!」




「よおしっ、落ちてきた飛行船を乗っ取るぞ!」


 墜落してきた飛行船を見てフォルベック軍の士官は喜び勇んで向かった。

 乗っ取っても操れる訳ではない。

 だが孤立して物資不足のフォルベック軍には、敵とは言え飛行船の装備は、ありがたい空からの贈り物だ。

 奪って手に入れたかった。


「発砲は避けろ。火災が起きたら我々も死ぬぞ」


 小銃から弾薬を引き抜かせるほど現地兵に徹底して命じる。

 教育水準が低く、命令はよく聞いてくれるが自分で考え行動する事になれていない。

 誤って発砲されるより最初から撃てないようにしておいた方が良いと判断した。


「突撃だ!」


 機銃座の潰れた前方から下に張り出したブリッジを目指す。

 敵は機銃座が無く反撃はない。


「一気に乗り込むぞ!」


 ブリッジに植民地軍の将兵が殺到したとき、一筋の光がきらめいた。


「なっ」


 先頭を走っていた士官が袈裟懸けに斬り伏せられ、カルタゴニア大陸の地に倒れた。

 突っ込んできたフォルベック軍の前に立ち塞がったのは刀を抜いた草鹿中佐だった。


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