第170話 招かれざる参戦

「新たな敵の通信が入りました」

「よし、これで貰った」


 フォルベック軍のいる南東領近くを飛行中の飛天で報告を受けた忠弥は満足した。

 通信の内容は分からないが、フォルベックを支援するように命じているのだろう。

 各地の軍が降伏、包囲されていては、ベルケも行動できない。

 いくら機動力に溢れていても支援する組織や拠点が無ければ行動範囲は狭まる。

 そして、追い詰めていけば、行動は予測可能だ。

 唯一残った海外領の部隊、フォルベック将軍の部隊を支援するために来るだろう。

 帝国本国は追い詰められており、海外で唯一降伏せずに戦っているフォルベック将軍を支えようとするだろう。

 赴けるのはベルケの飛行船部隊のみだから、絶対にベルケは来る。


「もし、ベルケが本国に帰ったらどうするの?」

「それこそ望むところだ。本国に引き下がってくれるのなら。暴れる心配は無いしね」


 合流して飛天に移った昴に忠弥は言う。


「やってきても準備は整っているしね」


 中立国であるルシタニア領を背にしているフォルベック将軍。

 その部隊を囲むように配置された連合軍部隊。その外側にベルケが来ることを警戒して対空見張りのための哨戒線が二重三重に張り巡らされている。

 列強の取引のために自然国境を無視して緯度経度を基準に国境が引かれているため、地図上では直線であり、見張り易い。

 ベルケが近づいてくればすぐに通報され、周囲に配置した忠弥率いる飛天型飛行船が急行し包囲し、急襲する手はずだ。


「これで終わりだよ」


 忠弥は自身を持って言った。

 気になるのは、飛行船母艦アルバトロスの行方だが、たった一隻、しかも近づけないのなら無視して良い。

 ベルケの支援に出ているが、所詮船一隻であり世界的なニュースのインパクトは低い。

 フォルベック将軍が降伏することこそビックニュースであり帝国は外聞もあってこれを避けようとするはず。

 このままベルケを待ち構えることにした。


「早く終わりにしたいものね」

「けどあまり無理強いしないでくれよ」

「そう?」

「越天の艦長、君たちを宥めるのに大変で病気になったぞ」


 飛行機のパイロットは一癖も二癖もある人間が多い。

 特に敵機を落とす戦闘機パイロットは気が荒い。

 忠弥は飛行機のパイオニアという事で神にも等しい扱いを受けていたが、飛行船の艦長は海軍から送られてきた人間であり、パイロットを纏める経験が無かった。

 飛行船自体の扱いも苦労しており彼らの主張に戸惑い胃潰瘍になってしまい、補給用の飛行船で本国送りとなった。

 仕方なく、代理の艦長として草鹿中佐を越天に送って指揮を命じている。

 しばらくは忠弥が飛天の指揮を執ることになっていた。


「あまり、困らせないでくれよ」

「はあい」


 悪びれる様子も無く昴は答える。

 このような状況ではまた新たな被害者が出ると忠弥は思った。

 いや、パイロットをまとめ上げられる人間がもっと必要なのだ。

 いっそパイロットから飛行船や艦船の指揮官を育てた方が良いか、と考えた。

 ともかくそれは作戦終了後の話だ。

 間もなく来るであろうベルケの飛行船を忠弥は待ち受けた。

 だが、全てを瓦解させる連絡が入ってきた


「本国より緊急通信が入りました! 緊急事態です!」

「何が起きた? 帝国が降伏したのか?」

「いいえ! 連合軍に新たに参戦国が現れました」

「味方が増えることはよいことじゃないか……」


 そこまで言って忠弥は固まった。

 有能な敵より無能な味方が憎い、という言葉ある。

 無能な味方は時に敵より厄介な物だ。

 そして参戦国とは、中立から味方になる事を意味する。

 嫌な予感を覚えながらも確認の為に忠弥は尋ねる。


「……何処が参戦したんだ?」

「ルシタニアが参戦しました!」




 国際法では中立国は尊重するべきである。勿論中立には義務もあるし、破られることもある。

 違反すれば懲罰を受ける。帝国が多くの国と戦っているのは戦争初期に中立国を侵犯した帝国に対する王国や皇国が懲罰の為に参戦したという理由が大きい。

 そうした例外はあれど、少なくとも敵を増やさないように両陣営とも国際法を表面上は守っていた。

 そして中立国も化された義務、双方の軍隊を通さない、禁制品を売らない、領土に入ってきた交戦国の部隊や艦船を武装解除し、戦争終結まで抑留するなどだ。

 だが、参戦すればそのような事は不要になる。

 事に勝ち馬に乗り利権を増やすのは国家として当然だった。

 だが、連合軍にとって、忠弥達ハイデルベルク帝国領南東カルタゴニア攻略部隊に取っては最悪のタイミングだった。

 包囲の一角を担っていたルシタニア領の中立という壁が参戦によって一瞬にして崩れ去った。

 中立侵犯という国際法違反は参戦によって失われ、戦争行為の名の下、フォルベックの将軍の部隊は何の遠慮も無く国境を越えることが出来る。

 先ほどまで中立国だったために連合軍も部隊を配置できなかった。

 ルシタニア領の現地軍が展開してくれていれば良かったが、治安維持のための植民地軍故に兵力は少なく、中立侵犯監視のため頑張って二個中隊五〇〇名程度を国境に貼り付けていた。

 その程度ではゲリラ戦で鍛え抜かれたフォルベック将軍率いる一万の軍隊の前には、無力だった。

 宣戦布告からすぐに行動を開始したフォルベック将軍は、二時間でルシタニア軍を制圧し武装解除すると広大なルシタニア領へ進撃していった。

 ゲリラ戦で最大の武器である行動自由な空間へ。

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